ひきたさんから記者に届いた返事。「文字は感情も体調も全部出てしまう。それを『きれいな字』『汚い字』ではなく、『今の自分の字』と思って書いてます」と話す。
インターネットを使ったやりとりが当たり前の今、手書きにこだわり、全国の小学生と文通している男性がいる。デジタルとは違った書く楽しさを知ってほしいという。「大勢の中のあなたに届くように」。そう思いながら、週に20通ほど届く手紙の返事を書く。
男性は広告会社の博報堂に勤める、川崎市のひきたよしあきさん(57)。2015年春から、朝日小学生新聞のコラムを連載し、子どもからの手紙の返事を載せている。昨年には一部がツイッターで紹介されると、「大人の心にもしみる」などと好評で、3万回以上転載された。
あなたに手紙を書きます。自信のないあなたに手紙を書きます。「自信」は、過去に「これができた」という経験の積み重ねで生まれるものなのです。「今日はあいさつができた」「今日は漢字の練習を20分した」と、「できた」ことに目を向け続ける。その数が増えていけば、おのずと自信はついてきます(抜粋)
書き出しはいつも、「あなたに手紙を書きます」の繰り返し。太宰治の短編小説「駈込み訴え」の「申し上げます。申し上げます」にちなみ、リズムをつけた一文で子どもを引き込む。
ひきたさんが持っている万年筆約300本の中から、子どもの筆跡や内容に合わせて返事を書くための1本を選ぶ。「元気を出して欲しい時は腰の柔らかい太字で勢いをつけて。論理的に書く時は固めの筆致です」
SNS全盛の時代だが、アナログの良さも伝えたいという。「デジタルに触れる前に、手で書く、じかに会う、直接伝える、ということが出来るようになって欲しい」
ひきたさん自身も子どものころ、手紙を通じて書く楽しさを知ったという。兵庫県西宮市で暮らした小学3年生のころ、東京に住む7歳上のいとこと文通したのがきっかけだ。博報堂では30年以上、コピーライターやスピーチライターとして言葉を生業にしてきた。
コラムを通じて、子どもたちと文通を始めることになったのは、東日本大震災が関係しているという。
仕事で復興に携わり、必要とされる情報を被災地に届けたことがあった。そのとき、「小学生にも伝わる言葉でないと世代や地域を越えて理解してもらえない」と痛感したという。
その後、個人のフェイスブックに日常や時事ニュースで感じたことなどをつづり、やさしい言葉を選ぶようにした。その柔らかな筆致が朝日小学生新聞の担当者の目にとまり、コラム「大勢の中のあなたへ」が始まった。勉強や友達、家族や学校のこと、抱えている悩みなど寄せられたすべての手紙に返事を書く。その一部が毎週火曜日に掲載されている。
ひきたさんは、心理学者の故・河合隼雄さんの言葉を引いてこう語る。「言葉は『相手の行動を変化させる触媒』だと思う。僕は子どもたちに前向きな言葉を投げ続けたいんです」
昨春のコラムには、進級や卒業を控えた子どもたちに向けて、「今日から飛べるよ」と書いた。後日、小学4年生の男児が、そのコラムを貼ったノートを手に母親と訪ねてきた。男児は記事を読み、「いじめにあっています。転校させて下さい」と両親に頼んだという。その日、ひきたさんに転校先で楽しく学校生活を送っていることを報告しに来たという。
ひきたさんは「親でも教師でもない、私のような『斜め上』の大人が、子どもにはいいのかな。勇気づけたり元気づけたり。明日を味方にする言葉をみんなに届けたい」と話す。
最近は子育てに悩む大人からの手紙も届くという。もちろん返事を書く。「またお手紙下さい。必ず返事を書くからね」(斉藤佑介)
◇
手紙のあて先 〒104・8433 朝日小学生新聞編集部「ひきたさん」係
記者も手紙を書いてみた
名古屋市で単身赴任中の記者も子どものことについて手紙を書き、ひきたさんから返事をいただいた。
◇
お手紙、拝読。かわいい盛りのお子さんに会えないのは、つらいですよね。心中、お察しいたします。
しかし長く父親に接することのできない子どもが、立派に成長した例はいくらでもあります。遠洋漁業で、お父さんは遠くの海にいる。卒業式にも帰ってこない。それでも子どもは父性を感じて成長する。それができるのは、海上で必死に働く父の姿がイメージできるからです。その姿は、遊園地に連れていってくれる優しいお父さんよりも誇らしいのではないでしょうか。
斉藤さんも、お子さんが「父の働く姿」が想像できるよう工夫されてはいかがでしょう。
ひとつは、手紙です。毎週、必ず一通の手紙を書く。読まれなくても、書き続ける。思いは必ず伝わります。お子さんの頭にイメージが蓄積されます。
心配にはおよびません。へいき、へいき!
今度は一献、やりましょう。お元気で。
ひきたよしあき