子供たちの前で打撃を披露する新宿の選手
多くの少年少女に野球の楽しさを知ってもらいたい――。そんな思いから、ある高校の野球部員たちが手作りの「ベースボールアカデミー」を開いた。野球界の未来のために。笑顔にあふれた1日を紹介する。
動画もニュースもたっぷり!「バーチャル高校野球」
そのグラウンドからは、新宿の「タカシマヤ タイムズスクエア」が見える。東京都立新宿高校の硬式野球部は、1、2年生合わせて選手14人に女子マネジャー2人。今月3日、計16人の部員の前に、50人ほどの小学生が集まった。新宿、四谷地区などで活動する五つの少年野球チームの子供たちだ。
新宿の部員が言う。「じゃんけんでチームを分けよう!」。六つのチームに分かれた子供たちは、野球と似ているが野球よりも簡単なゲームで球児たちと交流した。
例えば、「並びっこゲーム」。打者はティー打撃用のスタンドに置かれた球をバットで打ち、一塁ベースに見立てたコーンまで走ってターンして本塁へ戻ってくる。守備側は球を拾うと、全員がその場に集まって手をつなぎ、「アウト!」と叫ぶ。打者が先に本塁に戻れば1点、「アウト!」が先なら無得点だ。
止まっているボールだから空振りは少ないし、守備側は1プレーごとに集まらないといけないから、一つのプレーに全員が参加できる。アウトカウントは数えず、全員が打ち終わるまで攻撃が続いた。
約1時間半の野球遊びが終わると、校内へ移動。後半は小学生が持参した国語や算数のドリルに取り組み、分からなければ、高校生に質問した。
こうした子供向け以外にも、保護者や指導者向けに専門家による栄養講座、理学療法士による「けが予防の講習会」や女子マネジャーによる「スコアの付け方講座」も並行して行われた。
足立区から参加した飯塚空翔君(小学2年)は「高校生は優しくてかっこよかった。ヒットをいっぱい打てて楽しかった」と目を輝かせた。
こんなイベントを高校の野球部が単独で開くのは、全国的にも珍しい。新宿の田久保裕之監督(36)が企画した経緯を語る。「我々が当たり前のように高校野球をできるのは、少年野球があるから。なのに、少年野球に対して、何も恩返しができていないと思ったんです」
言葉の背景にあるのは、野球人口の減少への危機感だ。例えば中学生の軟式野球人口は、少子化のスピードの約8倍のペースで減っていると言われる。単純に「少子化のせい」だけでは片付けられない。
田久保監督は参加した子供たちや保護者にこう語りかけた。「野球をしていない友達に、楽しさを伝えてほしい」。これがアカデミーの最大の狙いだった。
今はもう、大半の男の子が近所で野球をしたり、キャッチボールをしたりする時代ではない。多くの野球人が野球界の未来に漠然とした危機感を抱いてはいるが、具体的な行動に移せずにいるのが現状だ。
「野球ができる、試合ができるのは当たり前じゃないんです」と田久保監督。監督自身、部員100人を超える小山台から新宿に移り、危機感を強めたという。
もちろん、新宿野球部も真剣に甲子園を目指しているが、監督はこうも言う。「高校野球は閉鎖的なところがある。ずっと練習ばっかりやって、それでころっと負けたときに何が残るのか?
今回、アカデミーを生徒たちに取り組ませてみて、想像以上の準備をしてくれた」。練習では見られない部員たちの成長を感じ取り、「アカデミーをやったことが間違いなかったと確信できました」。誇らしげに部員たちを見つめていた。(山口史朗)