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球児時代の「とんでもない練習量」財産に 岩村明憲さん

作者:佚名  来源:asahi.com   更新:2018-7-18 15:28:01  点击:  切换到繁體中文

 

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岩村明憲さん=伊ケ崎忍撮影


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甲子園を目指す100回目の夏がやってきた。プロ野球選手としてのキャリアを昨年退いた岩村明憲さん(39)は、宇和島東3年の夏の愛媛大会準決勝で敗れるなど、甲子園の土は踏んでいない。日本の球団や大リーグを経て現在も野球に関わり続ける岩村さん。高校野球の思い出や球児へのメッセージを聞いた。


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三つ上の兄と父親が野球をやっていて、岩村家には野球をするレールが敷かれてました。僕の場合は甲子園が目標というより、野球を始めたと同時に「プロになりたい」と思ってて、その過程に高校野球があった。


高校時代は1日6時間、とんでもない練習量だったけど、気づいたらびっくりするくらいの財産があった。練習量が多かったのでヤクルトのキャンプは楽だと感じた。当時の上甲(正典)監督に感謝です。


一番印象に残っている試合は、3年最後の夏、松山商との準決勝。五回表まで6―3で勝っていたが、気づいたら大量点を取られた。試合後みんな泣いてたけど、悔しさを通り過ぎて涙が出てこなかった。だって八回コールドだよ。


ただ、上に行くためには悔しさを味わえてよかった。すべてが順風満帆に行って、「ここまでやった」と思うんだったら、とっとと野球をやめています。


高校野球では先輩後輩などの人間関係を学んだ。特に挨拶は大切。身に付いているから、意識することなくできる。社会人になって一番必要なことです。


プロに入団した90年代はヤクルトが強い時代。池山(隆寛)さん、古田(敦也)さん、今の侍ジャパンの監督の稲葉(篤紀)さん……。層の厚さを感じた。この壁を乗り越えないと試合に出られないと、必死になって練習しました。


大リーグでは野球観が広がった。例えば、日本人はナンバーワンは4番という考え方の人が多いが、メジャーの主流は2番。送りバントを大事にするのは日本の野球だが、僕がアメリカにいた間はバントシフトのサインはほとんどない。そういう経験ができたのは愛媛県では自分しかいないと自負している。これを伝えていくのも役目だと思う。


今は監督。投手に0点で抑えさせる、打者に3割打たせる……。自分が出来ないことをやらせないといけない。鍛えるのはメンタルなのかテクニックなのか。選手を見ながら、言葉を変えて対応しています。


福島では復興支援を成し遂げたい。まだ進んでいないのは沿岸部(県東部)だけど、中通り(県中部)や会津(県西部)には風評被害がある。そこは、野球を通して自分が変えていけるところだと思う。


東北の子は冬は雪と寒さで野球をする環境が厳しいが、愛媛を含めて四国は年中野球ができる。環境が整っているのであれば貪欲(どんよく)に生かして、練習方法も自分なりに見つけてほしい。


選手の皆さんが100回の記念の年に当たるのも何かの縁。100回目の子たちが大人になって、120回、130回目に出場する子たちに、野球の楽しさを伝えてほしいと思います。(聞き手・寺田実穂子)



いわむら・あきのり 1979年、愛媛県宇和島市生まれ。宇和島東高3年の夏は愛媛大会準決勝で、全国制覇した松山商に敗退。96年秋のドラフト2位でヤクルトに入団。2006年オフに大リーグ・レイズに移籍し、08年はア・リーグ制覇に貢献した。帰国後は楽天などでプレー。独立リーグ・BCリーグの福島ホープスで昨年現役を引退し、現在は監督を務める。




 

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