萩原智子杯で泳ぐ子どもたちを見つめる萩原智子さん=1月、郡山市
東日本大震災があった2011年以降、福島県から全国大会に出場する少年少女スイマーの数は年々減っていた。震災から7年が経った今年度、初めてその数が増加に転じた。背景には、県中心部に新設された高機能の屋内プールの存在や五輪選手の支えがある。
1月中旬の週末、「萩原智子杯」が開かれた郡山しんきん開成山プールに、県内全域から来た小中高生スイマーの元気な声が響いた。長水路(50メートル)と短水路(25メートル)を併せ持つ県内唯一の公設の屋内プール。郡山市が国からの復興予算も使い、総工費約43億円で昨年の7月に完成させた。
震災前、同じ場所には屋外プールがあったが、老朽化が進み、震災による破損や放射能汚染で完全に使えなくなった。「泳ぐ場所も限られ、放射能を心配した親が子どもを屋外で泳がせることをためらうケースも震災後の数年間は多かった」と福島県水泳連盟の壱岐ひろみ会長は指摘する。
県水連によると、所定の標準タイムを突破した小中高生が出場する「全国JOCジュニアオリンピックカップ」には福島から10年度、夏季と春季大会に合わせて延べ146人が出た。だが震災後は年々落ち込み、16年度は33人に。それが今年度は47人にまで盛り返した。昨年夏から、県内の主要大会は開成山プールで行われるようになり、多くの好記録が生まれた。
「ハギトモさんの功績が大きい」
「立派なプールが出来たことに加え、ハギトモさんの功績が大きい」と壱岐会長は言う。「震災後、体を動かせなくなった子どもたちがわくわくするような大会を開きたかった」と話す00年シドニー五輪代表の萩原智子さんは14年から毎年、自分の名を冠した大会を福島で開催してきた。
初めて開成山プールで行われた今年の萩原智子杯で泳いだ高校2年の山崎千帆さんは、「五輪選手の前で泳ぎやすいプールで泳げてテンションが上がる」。
萩原さんは昨年から、大会で目に留まった小学生を集めた強化合宿も始めた。「最初は復興が目的だったけど、何年か大会を開くうちに、子どもたちが全国大会や世界に行ける後押しもしたくなった」。10、11日に福島市内で開かれる2回目の強化合宿には、将来の五輪選手を夢見る20人以上の小学生が参加する。(平井隆介)