フィギュアスケートブレードの試作品の滑走で、感想を聞く職人ら=新潟市中央区鐘木
フィギュアスケートのブレード(刃)や手術用の医療器具。金属洋食器の国内シェア9割を占める新潟県燕(つばめ)市の職人たちが、新たな市場開拓に乗り出した。切断、研磨、溶接――、世界に誇る技術を持つ企業がそれぞれの「匠(たくみ)」の技を出し合い、高みを目指す。
20日、新潟市内のアイススケート場。リンクサイドに燕市の職人たちが陣取った。視線の先には、試作したブレードをつけたスケート靴を履き、スピンやジャンプをする新潟県スケート連盟の関係者。「振動がなく、滑らかにカーブできている。将来性がある」。連盟の伝井達(つたい・いたる)理事長(46)がこう評価すると、職人らはホッと胸をなでおろした。品質を上げ、2年後に「燕ブレード」として完成させるのが目標だ。
これまでにもトップ選手にオーダーメイドでブレードを作る企業はあったが、初心者や愛好者には高額で手が届かない。大半は英国などの海外製。ジャンプの高さや回転数が増すに連れ、着地の衝撃で折れてしまうという問題もあった。
そこで、「燕の技術なら良質で安価なブレードができるのでは」との案が浮上した。伝井理事長から提案を受けた燕市は今年度予算に委託費計200万円を計上、開発が始まった。
開発は市内の9企業が共同で取り組むことになった。レーザー加工による切り出し、研磨、焼き入れなど全8工程をそれぞれの企業がリレーする。一つの企業で全工程を担うのは負担が重く採算が合わないが、分業によるリレー方式は効率がよく、各企業の得意分野の技術を重ね合わせられるメリットもある。
たとえば、靴底のプレートとブレードをつける工程はゴトウ熔接(燕市粟生津)が担う。ロウで接着する海外製は強度が弱いが、同社は異なる金属を溶接する技術に定評がある。後藤英樹社長(49)は「強度が高まるはずだ」と弱点克服に自信を見せる。
ブレードのほか、燕市は高齢化で需要拡大が見込まれる医療器具にも目を付けている。2011年度に研究のグループを発足させ、23企業が参加している。
精緻(せいち)さや安全性が求められる医療器具は、機械だけの大量生産は難しい。
「燕ならできる」。そんな期待から、全国の医師やメーカーからこれまで約30件の依頼が舞い込んでいる。すでに、100分の5ミリ単位で先端部を切削して作り込んだ耳の手術に使う「テラメッサー」、整形手術で鼻の高さを測る「リノメジャー」は販売にこぎつけた。新年度は新たに6種類の器具の販売を見込む。
燕のものづくりの歴史は江戸時代にさかのぼるが、手がける品は江戸初期の和釘に始まり、キセル、銅器、彫金、金属洋食器と形を変えてきた。携帯音楽端末「iPod」の鏡面磨きも請け負った。生活様式の変化に合わせて技術を進化させることで、輸入品におされ衰退する危機を幾度も乗り越えてきた。
08年のリーマン・ショックでは全国の製造業が打撃を受けた。経済産業省の工業統計調査によると、産業集積地として知られる東京都大田区は09年以降の5年間で出荷額を25%も減らしたが、燕市は21%増やした。燕の製造業者は20人未満の小規模事業者が9割。職人同士の絆の深さや、共同で何かを始める際の意思決定の速さが強みだ。
新たな分野への進出で燕の技術に対する顧客のイメージが広がり、さらに新しい仕事が舞い込む好循環も生んでいるという。燕市商工振興課の柴山文則さん(49)は「隙間を狙って新分野に入り、燕の技術力をいっそうPRしたい」と話している。(加藤あず佐)