カルタールプルのシーク教寺院を訪ねた巡礼者=乗京真知撮影
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インドで暮らすシーク教徒がパキスタン側にある聖地を自由に巡礼できるようにしよう。そんな計画をパキスタンが発表した。これに対してインドは「隠れた狙いがある」と抗議。両国間の新たな火種となっている。(カルタールプル=乗京真知)
インド・パキスタン非難の応酬 ムンバイ同時テロ10年
広大な田畑に野焼きの煙がたなびくパキスタン東部カルタールプル。インド国境から4キロしか離れていない農村の一角に、シーク教の開祖グル・ナーナクが逝去したと伝わる純白の寺院がある。
ここで昨年11月28日、インドの信徒がビザ無しで通れる巡礼道の着工式があった。パキスタンのイムラン・カーン首相は出席者数千人を前に「インドとの対話や交易を進める機会にしたい」と語った。
インドとパキスタンの地図
巡礼道は国境から寺院まで、川に橋を架けながら結び、今年夏までの完成を目指す。ホテルや診療所、土産物店なども併設し、観光地として売り出すという。
インドだけで約2千万人いるとされるシーク教徒にとって、同寺院は開祖が他界するまで教えを説き続けた拠点として神聖視される存在だ。ビザに制限があるため、巡礼を諦めたり国境から望遠鏡で眺めたりするだけの信徒も多かった。
巡礼道の建設が始まったカルタールプルのシーク教寺院=乗京真知撮影
着工式に居合わせた信徒グルデーブ・シンさん(40)は家族で唯一ビザが取れた。「今後は息子や娘にも巡礼の道が開かれる。この時代に生まれた喜びを家族と分かち合いたい」
今年は開祖生誕550年で、多くの巡礼者が見込まれる。開祖生誕を祝う巡礼者は例年4千人ほどだったが、道ができれば1日当たり4千人を受け入れる態勢が整う見通しだ。
着工式にはシーク教徒が多数を占めるインド・パンジャブ州のシドゥ観光相も出席した。巡礼道の構想をカーン首相に持ちかけた一人。両氏は元クリケット選手で親交があった。
パキスタンの狙いは
国境を一部でも開き、インドへの歩み寄りを演出したかのように見えるパキスタンだが、真の狙いは別のところにある。
それは国営テレビの中継映像からうかがわれた。カーン首相とともに着工式に出席したパキスタン軍のバジュワ陸軍参謀長の傍らに、インドからの分離を唱えるシーク教徒の独立派リーダーの姿があったのだ。式の最後にバジュワ氏とリーダーが固く握手する様子も数秒間、映った。協調を装いながら裏で独立派と関係を深めるパキスタンのしたたかな戦略を物語る。
カルタールプルでの式典で、インドからの分離独立を唱えるシーク教徒の活動家(左、ターバン姿)が、パキスタンのカーン首相(中央)やバジュワ陸軍参謀長(右)と並んで記念撮影した場面=パキスタン国営テレビの映像から
この場面をインド側は見逃さなかった。インドのラワット陸軍参謀長は会見で「インドと仲良くしたいならパキスタンは宗教を使うな」と抗議。インドのメディアは「パキスタンの策謀」と一斉に批判した。
これに対し、パキスタンのクレシ外相はメディアを通じて「シーク教徒の悲願に応えたものだ」と反論し、インド側の見方を「ゆがんだ解釈」と非難。軍報道官はツイッターで「インドメディアは短絡的」と書き、1万件超の「いいね」を集めた。
独立派、双方で動き
双方とも国内に独立派を抱え、治安が脅かされてきた歴史がある。
インドではシーク教徒の独立派が1980年代から武装闘争し、84年にはインディラ・ガンジー首相を暗殺。その後の掃討作戦を経てなおテロが続くのは、パキスタン軍が陰で支援しているから、とインド側はみている。
カルタールプルで2018年11月28日に開かれた式典で握手するパキスタン軍のバジュワ陸軍参謀長(右)と、インドからの分離独立を唱えるシーク教徒の活動家(左)=パキスタン国営テレビの映像から
パキスタンも独立問題に手を焼く。昨年11月23日、カラチの中国総領事館が襲撃された事件では、南西部バルチスタン州の独立派が犯行声明を出した。パキスタン軍は、この独立派をインド軍やインド軍と連携するアフガニスタン軍の別動隊とみて監視している。
12月25日には、独立派司令官ら数人が会議中に何者かに爆殺された。場所はアフガニスタン南部の新興住宅地。独立派がアフガニスタンを出撃拠点にしているというパキスタン軍の主張が裏付けられた形だ。
過去に3度交戦し、核兵器を突きつけ合う両国は、わずか4キロの巡礼道をめぐっても批判の矛先を向け合っている。
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〈シーク教〉 インドやパキスタンなどを中心に16世紀から広まった一神教。米調査会社ピュー・リサーチ・センターの2015年の調査によると、信徒は約2500万人。ヒンドゥー教やイスラム教の影響を受けつつ、カースト制や偶像崇拝を否定する。
商才にたけた「印僑」として欧米諸国や東南アジアに浸透。ターバンなど伝統衣装を身につける信徒も多い。日本ではプロレスラーのタイガー・ジェット・シンが有名。
1947年に印パが英国から分離独立した際、シーク教徒の多くはパキスタンからインド・パンジャブ州に移った。一時は同州の独立を求めるテロが頻発し、現在も独立を問う住民投票を求める運動が続く。