あらゆる生物は、コミュニケーションしながら生きている。周囲の環境から情報を集め、仲間や敵にメッセージを伝える――。生存に欠かせないこうした活動は、実は「生まれる前」から活発に行われているらしい。
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先手必勝の争い
縄張りを争って吠える犬。種をまいてくれる鳥たちを、鮮やかな色で誘うサクランボ。体を美しく飾って求愛するクジャク。フェロモンを出してつがいになる魚。ダンスで蜜の方角を仲間に伝えるミツバチ――。
音、光、化学物質と手段は様々だが、このような戦略的な情報のやり取りをするように生物は進化してきた。
森林総合研究所(茨城県つくば市)の向井裕美研究員らは、植物の「種」同士のコミュニケーションを見つけた。道ばたなどでよく見かける雑草のオオバコは、他の植物と同じ場所で茂るには、早く成長して競争に勝つ必要がある。
向井さんらは、容器にオオバコの種だけをまいた場合と、競争相手となるシロツメクサ(クローバー)と一緒にまいた場合で、発芽までの日数に違いがあるかを調べた。その結果、単独では発芽までに5・6日かかったが、シロツメクサの種と一緒のときは4・1日となり、35時間ほど早まった。発芽のタイミングがそろう傾向もあった。
さらに、種の抽出液を使った実験でも同じ傾向だった。オオバコの種は、何らかの水溶性の化学物質を通じてシロツメクサの種の存在を「知り」、化学物質を経由して仲間同士でシグナルを送りあっているらしい。
こうした情報のやり取りが、オオバコにとって競争上有利なのか。向井さんは「早く、同じタイミングで発芽した場合にオオバコの成長が早まり、シロツメクサの成長が抑えられるなどが確認できればはっきりするはず」という。
共食い回避の方法
イネや果樹などを荒らすカメムシの卵も、仲間の刺激を感知している。向井さんらは京都大との共同研究でその仕組みを解明した。
国内でよく見られるクサギカメムシは、卵を30個ほどまとめて産みつけるが、その一つが孵化(ふか)すると周りの卵も10~15分で一斉に孵化する。卵と卵を離すと全体が孵化するのに長い時間がかかるため、一斉孵化する卵同士で何らかの情報利用があることがわかっていた。
研究チームは、卵が割れる際に生じる微細な振動を人工的に加えたところ、卵が孵化した。振動をコミュニケーションの手段に使っていたのだ。
なぜ一斉に孵化する必要があるのか?
その理由として考えられているのは、共食いの回避だ。ばらばらに孵化すると、先に孵化した幼虫が卵を食べてしまうことがあるほか、体格や脱皮のタイミングに差がついた兄弟間の共食いが起きる。
一斉に孵化すれば、こうした争いは起きにくくなる。振動を使ったコミュニケーションは、兄弟間のある種の「休戦協定」の役割を果たしているようだ。こうした性質を逆手に取れば、カメムシの駆除につながるかもしれない。
競争は果てしなく
親と卵が情報のやり取りをすることもある。例えば、親が卵を守るフタボシツチカメムシのメスは、卵の固まりを激しく揺する。親が卵の一斉孵化を促し、子どもたちがお互いに共食いすることなく育つようにしているらしい。
豪ディーキン大などのチームが科学誌に発表した論文によると、日本でもよく飼われるキンカチョウは、気温が高いときに親鳥が発する鳴き声を卵の中の子が聞いている。この情報は、温度環境に適した子の成長に役だっているようだ。この場合、親は子のために鳴いているとは必ずしも言えないが、この声を子が聞く事で、将来に向けた準備に使っているらしい。
卵が外部の状況に反応する例もある。米ボストン大学のカレン・ワーケンティン教授によると、サンショウウオの仲間の卵は、捕食者であるプラナリアのにおいを感じると、孵化を遅らせる。プラナリアはサンショウウオの子どもを食べるが、卵は食べないため、孵化せずに捕食者をやり過ごそうとしているらしい。逆に孵化を早める例もあり、これは「先に逃げてしまおう」という戦略らしい。
こうした情報のやり取りは、環境変化への対応のほか、「食うか食われるか」のような状況で、片方の進化に対抗してもう片方も進化していく「進化的軍拡競争」の中で獲得されていった可能性がある。向井さんは「種や卵は『受動的な存在』という考えが一般的だったが、実は積極的に情報のやり取りをしている」と話す。
向井さんらが取り組んでいる種や卵同士の情報のやり取り、「胚(はい)間コミュニケーション」の研究は始まったばかりだが、また新しい生命観をもたらしてくれるかもしれない。(勝田敏彦)
進化的軍拡競争
進化的軍拡競争とは、別の種や同じ種で競争関係にある個体(オスとメスや親子など)が、お互いに対抗しながら進化すること。ゲノム編集技術として注目されている「CRISPR/Cas9」は、ウイルス相手のこうした競争の結果、細菌が獲得した免疫機構が元になっている。
コミュニケーション手段は
コミュニケーションの手段には、光(視覚情報)や化学物質(におい)や振動のほか、音が比較的よく使われる。
キンカチョウの例では、親の鳴き声を卵の中の子は聞いているだけだが、鳥によっては子が音を出して「応答」したり、声の主を子が聞き分けたりすることもあるという。