「ぼくにとっての写真は、失われた『声』を、再びめぐるための旅だった」
音のない世界で「声」を撮る 写真家・齋藤陽道さん
写真家の齋藤陽道(はるみち)さん(35)は感音性難聴で、補聴器をつけても音を感じることが難しい。日常的な音声が聞き取れないことで会話がうまくいかず、孤独や不安、絶望を感じることも多かった。そんな齋藤さんに希望を与えたのが、言葉に頼らない表現でもある写真だった。
糖尿病で片足を切断し、義足を装着するレスラーの隣で、風がカーテンをふくらませて優しく包む。難病の筋ジストロフィーで車いすの男性とは、見たがっていた海をいっしょに訪れて撮影した。上半身裸で胸を張るうつ病の空手家。鋭い視線を投げかける性同一性障がいトランスジェンダーの女性。長い引きこもり生活から意を決して日差しの下に出た男性……。齋藤さんの作品には「社会的マイノリティー」とされる人たちをテーマにした写真が多い。どれも独特の柔らかな空気感をまとい、まなざしの優しさが伝わる。
齋藤さんは「聞こえる」両親のもと、東京都練馬区に生まれた。物心がつくころから補聴器をつけ、母親と発音訓練を続けた。だが、小学校で同級生に発音をからかわれるのが嫌で心を閉ざし、伝えたい「言葉」を封じ込めてきた。
そんな齋藤さんに、二つの転機が訪れた。
ひとつめは中学卒業後に進学したろう学校で覚えた手話。気持ちと言葉がかみ合う快感を、初めて感じた。やがて、「借り物の音に頼るのではなく、ろうの耳を持つ自分自身の体に戻ろう」と考え、20歳の誕生日に補聴器を外す決心をする。
ふたつめは、手話で視野が広がり「いろんなところを歩きたい衝動に駆られ」、始めた原付きバイクでの全国一周だ。
補聴器を外して半年ほどが過ぎた頃。「どこでもいいから雪の中を歩きたい」と、冬の北海道を一人で訪れた。一面の雪景色の中、そこで「静けさの鳴る音」を聞く。そして、かじかんだ手で握りしめたカメラの質感にある直感を抱いた。「ろうの耳をもつ者は沈黙を『声』として聞く力があるのではないか。写真はそれをふくらませてくれるのではないか」と。
「直感」は、やがて希望に変わった。2年間のサラリーマン生活の後、写真専門学校を経て、23歳から写真家としての活動を本格化させた。
自身を取り巻く様々な風景や人々とカメラのファインダーを通して「対話」してきた。個展を開いたり、人気バンドの作品に写真を提供したりと、活動の幅も少しずつ広がっていった。
作品作りに使用する機材は、6×7の中判フィルムを使うペンタックスの一眼レフにこだわる。「10枚しか撮れない不便さがいい。おのずと相手と真剣に向かい合うようになるので」。
齋藤さんの写真展「感動、」は、東京都港区芝2丁目の都人権プラザで開かれている。2011年に出版した写真集「感動」を基にした122点の作品群。それぞれの作品には、題名や撮影日、説明などが一切ない。「目で見て感じる幸せ。それを感じて欲しい」と齋藤さんは言う。
写真展は3月30日まで。入場無料で日曜休館(祝日は開館)。3月9日には出版ディレクターの姫野希美(ひめのきみ)さんと、同23日には詩人の益山弘太郎さんと齋藤さんとのトークショーが予定されている。詳しくは都人権プラザのHP(
https://www.tokyo-hrp.jp/
)へ。(仙波理)