過激派組織「イスラム国」(IS)がシリアで保持していた最後の拠点について、米国などは完全に制圧したと発表した。ただ、トランプ米大統領が唱えるシリア駐留米軍の削減に、ISの被害者たちは強く反発している。背景を探った。
「ISは必ず復活する」。ISに支配されたシリア北部アレッポ県で暮らした30歳代の運転手ムハンマドさんは断言する。外国人戦闘員のほか、アサド政権下での抑圧された生活に不満を抱く地元シリア人もISに多く加わったのを見てきたためだ。ISが唱えた「カリフ制国家」の再来におびえつつ、「内戦はアサド政権が優勢で、国民を過激派に走らせる土壌は変わらない」と話した。
米軍は2月の報告書で、「シリアでの作戦の圧力がなくなれば、半年から1年でISが復活し、支配地域を得る可能性がある」と指摘した。在英の反体制派NGO「シリア人権監視団」も、シリアには4千~5千人のISの「休眠細胞」がいると指摘。メンバーは地下ネットワークでつながり、潜在的な支持者も数多いと主張する。
イラクでは一昨年末に、政府がIS掃討作戦の終結を宣言したが、その後も散発的にテロが起き、治安部隊がISの武器庫や潜伏先への急襲を重ねてきた。現在も米軍約5千人がイラクに駐留し、治安部隊の訓練などを続けている。
弟をISに殺害され、自らも拘束下で拷問を受けたイラク人の無職アハマド・ファトヒさん(28)は現在、かつてISに占拠されたモスルで暮らす。潜伏する戦闘員や支持者の存在を日々感じるといい、「トランプ大統領は現実から逃げている。住民は今も爆弾テロや暗殺におびえている。支配地域の100%奪還だなんてうそだ」と語る。
過激派の動向に詳しいイラク人研究者ヒシャム・ハシミ氏は「ISは弱体化したが消えてはいない。米軍が存在感を弱め、シリアとイラクで戦闘員がさらに行き来しやすくなれば、より地域が不安定化する」と警告している。
米軍縮小、中東情勢に影響も
トランプ政権は今回の「完全制圧」で、駐留米軍削減を正当化する考えだ。
だが、内戦が続くシリアは、アサド政権を支えるロシアとイランが和平協議を主導するなど、中東での影響力を保持する足掛かりとしている。一方で、米軍が今後、シリアにどう関与するかは不透明で、存在感の低下で中東が更に不安定化する可能性もある。
米国はこれまで、シリアのIS掃討を掲げ、クルド人中心の武装勢力「シリア民主軍」(SDF)と共闘。その中核を占めるクルド人組織を敵視するトルコの動きを牽制(けんせい)するとともに、ロシアやイランに一定のにらみをきかせてきた。
しかし、トランプ氏は昨年12月にいったんシリアからの米軍撤退を表明。批判を受けて一部を残したが、はしごを外されたクルド人組織をアサド政権側に一時接近させる結果を招いた。
米国は長く、エネルギー確保や「テロとの戦い」を掲げて中東に積極関与してきた。近年は中国の台頭を受け安全保障の軸足をアジア太平洋に移している。この流れの中で、トランプ氏は自身の支持層やビジネスも重視して中東政策を「反イラン」に集約。昨年11月には米メディアで「米国は石油を生産しており、米軍が中東にとどまる必要はなくなった」と指摘した。「中東に17年間で7兆ドルも軍事費を使ったのに何も得ていない」と語り、損得勘定を押し出している。
ただ、米国の関与が薄まるのを見透かすように、中東ではロシアが存在感を強めつつある。武器輸出やエネルギー協力を通じ、シリアのほか、米国の友好国だったトルコ、エジプト、サウジアラビアなどの国々とも関係を深めている。(イスタンブール=其山史晃、ドバイ=高野裕介)
派生組織・思想、世界に
過激思想の信奉者を世界に広げて残虐な手段で無辜(むこ)の命を奪い、イスラム教徒へのいわれなき差別ももたらしたISは、「偶然の産物」ではない。
ISは、イスラム教スンニ派の国際テロ組織アルカイダを源流とする。米軍が起こした2003年のイラク戦争の結果、シーア派が主導する新政権で冷遇されたスンニ派元軍人らを加え、勢力を拡大した。
イスラム教を極端に解釈し、スンニ派以外のイスラム教徒や、他宗教の信者に対する攻撃を正当化する考えをネットを通じて宣伝。戦闘員への月数百ドルの「給与」支払いも唱え、世界中から4万人近い若者らを引き寄せた。
米情報コンサルタント会社が2017年10月に出した報告書では、IS戦闘員らの出身国で、上位5カ国のうち3カ国が、サウジアラビア、ヨルダン、チュニジアだった。いずれも、若者の失業率が約3~4割と高いことが共通する。
また、欧州からも約5千人のイスラム系移民の子孫らがIS支配地に渡った。差別されたり、疎外感を味わったりしたことが背景にあるとされる。
ISの台頭により、シリアなどから難民・移民が欧州に殺到。多くの欧州諸国で難民らを排斥する動きが強まり、社会や政治の右傾化をもたらした。エジプト、ナイジェリア、アフガニスタンなどではISに忠誠を誓う組織の活動が続く。世界はまだISや、ISから派生した現象に苦しんでいる。政情不安な国を安定させて過激思想が生まれる土壌を根絶するとともに、ISが利用した差別や偏見をなくす真摯(しんし)な努力が必要だ。日本が関与できる分野は、少なくない。(カイロ=北川学)
過激派組織「イスラム国」(IS)をめぐる主な動き
2001年 国際テロ組織アルカイダによる米同時多発テロが発生
2003年 米国がイラク戦争を開始。フセイン政権が崩壊
2006年 イラクのアルカイダ系勢力が合流し、「イラク・イスラム国」(ISI)が台頭
2010年 イラク人のアブバクル・バグダディ容疑者がISIの指導者になる
2011年 シリアに「アラブの春」が波及。ISIがシリアでの活動を開始
2013年 「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」に改称
2014年6月 ISISがイラク北部モスルを制圧。「イスラム国」(IS)に改称し、イラクとシリアにまたがる「国家樹立」を宣言
2014年8月 米国主導の有志連合がイラクで対IS空爆を開始
2014年9月 米国がシリアでの対IS空爆を開始
2015年9月 ロシアがシリアに軍事介入。ISと反体制派に対する空爆を開始
2017年7月 イラク軍などが、ISの最大拠点モスルを奪還
2017年10月 米軍の軍事支援を受けるシリアの少数民族クルド人を中心とする武装組織「シリア民主軍」(SDF)が、ISが「首都」と称したシリア北部ラッカを制圧
2017年12月 イラクが、自国のIS掃討完了を宣言。ロシアも対IS勝利宣言
2019年3月 SDFと米国がシリアのIS掃討終結を宣言