医師が手を組んだのは、元警察官、そして元暴力団組員の男だった――。今年1月、架空の診察で診療報酬をだまし取ったとして、福岡県警が福岡市のクリニックを摘発した。生活保護受給者らを「患者」に仕立てる手口で、水増し請求もしていた。1年あまりで得た診療報酬の総額は約5500万円に上るという。
詐欺罪で起訴された医師は、福岡市中央区の「いのうえクリニック」院長の井上勉被告(61)。クリニック事務長で県警OBの宮内真二(50)と、クリニック室長で指定暴力団系組員だった末崎信直(49)の両被告も起訴された。
捜査関係者によると、井上被告が2017年11月にクリニックを開いた際、医療関係者が「事務担当」として宮内被告を紹介。その後、宮内被告が、古くからの友人だった末崎被告に声をかけたという。
県警によると、井上被告らは、患者役の生保受給者の自宅を訪れて「診察」。診療報酬明細書(レセプト)を審査機関に出す時に、診察回数の水増しもしていたという。
捜査関係者によると、患者役の生保受給者は、末崎被告だけで約100人を集めていた。ほかにも現役組員を通じ、違法薬物やヤミ金の顧客などに声をかけていたという。生保受給者らは見返りとして、睡眠薬や風邪薬、湿布などをタダで受け取っていた。
県警がマンション一室にあるクリニックを家宅捜索した際、受け付けや診察器具は見当たらなかったという。外来を受け付けず、報酬が高額な訪問診療のみを行っていたと県警はみている。
井上被告は逮捕されるまでに約250人を診察し、約5500万円の診療報酬を得ていた。福岡市によると、このうち市の生保受給者の診療報酬は約3千万円という。
井上被告は00年、院長だった福岡市早良区の病院でも常勤医の人数を水増しするなどして、市から診療報酬計約6億3千万円を不正受給したことが発覚した。病院は国から保険医療機関の指定を取り消され、その後、破産していた。
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生活保護費から医療機関に支払われる診療報酬は二重にチェックされる。福岡市では、医療機関側は患者ごとに1カ月分の診察内容や回数を記したレセプトを作り、「社会保険診療報酬支払基金福岡支部」に提出。審査を経て市が再審査し、支部を通じて医療機関に報酬を支払われる。支部では1カ月で約418万件、生保受給者だけでも約27万件のレセプトを審査しているという。
支部の審査では、診察内容や処方した薬、診察回数と請求点数(1点10円)との整合性をコンピューターでチェックする。主眼は事務的なミスを見つけることで、担当者は「医師が実際に診療したかどうかをレセプトから判断することは難しい」と話す。
福岡市も同様にコンピューターでレセプトを再確認している。ただ、特定の患者の診察回数や報酬額が極端に多いなどの内容でなければ、チェックをすり抜けてしまうという。
県警によると、井上被告は「生保受給者の報酬ばかり請求すると、基金や市から怪しまれると思った」などと供述。受給者ではない会社員を外来で診療したように装い、診療報酬約1万7千円をだまし取った疑いでも逮捕された。
厚生労働省によると、全国の医療機関が監査を受けて返還した診療報酬額は2017年度で約4億円。不正請求について担当者は「人の目を通さないと見つけられない。今のチェック方法は医師の『性善説』に立っている」。
生活保護費での受診が可能な指定医療機関には、「保険医療機関であれば、基本的にはなれる」(福岡市の担当者)という。市内には約1360カ所あるが、人手不足などで監査は年に10カ所もできない状況という。いのうえクリニックは開設以来、市から一度も監査を受けていなかった。(枝松佑樹)