30代半ばから「崖っぷちを歩いている」ような感覚を覚えながら、女優を続けてきたという、有森也実さん(51)。今、出演中の一人芝居「化粧二題」との出会いで、これまでの生き方が「腑(ふ)に落ちた」と話します。
舞台は、大漁旗が幔幕(まんまく)のように張られた芝居小屋の楽屋。誰かが床にごろ寝し、仮眠をとっている。遠くで流れ出す、客入れの演歌。と、スッと起き上がったのは、有森演じる大衆劇団の座長、五月洋子。周囲の劇団員に発破をかけながら、口上の練習をしたり、化粧をしたりと、初日の支度を始める――。
「大衆演劇のお芝居は、華やか。キャラクターにも愛敬があるんですね。どうやって自分が採り入れられるかが、演じどころなのじゃないかと。どんな風にやっても、脚(ホ)本(ン)が素敵なので楽しいのですけれど……」
上演中の「化粧二題」は、かつて子どもを「捨てた」女座長と、幼い頃に母に「捨てられた」男座長、合わせ鏡のような2人がそれぞれ登場する、二つの一人芝居で構成される。作家・井上ひさしが、自身の母親との関係を色濃く投影させた戯曲だ。
井上作品に出演した経験はあるが、一人芝居は初めて。「怖いです」と言いつつも、「井上先生ご自身の人生が入っているわけですから。本当にありがたく思います」。
洋子が得意とする出し物は、生き別れた母親と再会するヤクザが主人公。彼女の過去を知り楽屋を訪れたテレビ局員は「息子を捨てた自分を、お芝居という安全な枠の中で罰している」と責める。「それでしか生きていけない動物が、俳優なんじゃないですか。すべてを投影しながら、清算するというか……」
1986年の映画「キネマの天地」のヒロインで、ブルーリボン賞新人賞に輝いた時は19歳。91年には、出演したドラマ「東京ラブストーリー」が大ヒットした。その後も、映像や舞台で活動を続けてきたが「30代中盤から、ずっと崖っぷちを歩いているような感覚でした」。「認められたい部分で、認められていない。こんなことをやっていて意味があるのか、というような葛藤もありました」
でも今、この作品と出会うことで「これが自分の生き方だったんだと、腑(ふ)に落ちた」と言う。「まだ『私』は、始まったばかり。すがすがしい気持ちがするんです。不思議と」
文・増田愛子 写真・伊ケ崎忍
「化粧二題」(演出・鵜山仁)は他に、内野聖陽が出演。6月16日まで、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAで。19~20日、兵庫県西宮市の県立芸術文化センター(0798・68・0255)、前売り完売。23日、島根県益田市の県芸術文化センター「グラントワ」。27日、富山市の富山県民会館。30日、福岡県新宮町のそぴあしんぐう。7月2日、鹿児島市の宝山ホール。6日、横浜市の関内ホール。9~10日、高知県須崎市の市立市民文化会館。13日、名古屋市の日本特殊陶業市民会館ビレッジホール。14~15日、石川県七尾市の能登演劇堂。