入門12年目の若手講談師が東京の演芸界を沸かせている。神田松之丞、35歳。出演する講談会に客が押し寄せ、5日間の独演会が瞬く間に完売する。長く停滞していた伝統話芸に現れた新星。何が人々の気をひくのか。
反骨の神田松之丞、狙うは松鯉ファン増 「僕は呼び屋」
11月下旬、東京・新宿末広亭。夜7時過ぎになると入場客がどっと増える。大半のお目当ては、中入り後すぐに高座へ上がる松之丞だ。大柄な男が猫背で登場すると、客席のあちこちから「待ってました!」。女性の声も交じる。二つ目にこれほど掛け声がかかるのは異例だ。
客席後方には2台の撮影カメラが。松之丞は「私の取材なんです」とうそぶいて笑わせつつ、講談はどんな芸かを説明。張り扇と扇子で釈台をたたいてリズムを取り、ささやき声で人物描写をしたかと思えば速射砲のように言葉をたたみかける。相撲ネタを緩急自在に語って「35分のところを13分でやりました」と締めると、喝采が湧いた。
講談は江戸前期に神社や盛り場で軍記物が読まれたのが原型とされ、「赤穂義士伝」をはじめ日本人におなじみの物語を伝えてきた。最盛期の幕末から明治半ばには800人もの講談師がいたとされる。
その後は浪曲や落語に押されていく。2000年代からブームが断続的に続く落語の陰で、講談は年配の男性客が10人程度の会も珍しくなかった。最後の定席だった東京・上野の本牧亭は11年に閉館した。
現在の講談師は東京だけで約60人、うち6割が女性だ。ところが日本講談協会に今年、松之丞以来となる男性の新弟子が3人も相次ぎ入門した。
松之丞の活躍抜きには語れない。所属する落語芸術協会の二つ目とユニット「成金」をつくり、落語家たちの間で話芸を磨いた。15年ごろから人気が出始め、長編を10席以上に分けて読む「連続読み」独演会は完売が続き、来年は10日間に延ばしたがすぐ売り切れた。ラジオやテレビの出演も増え、「チケットのとれない講談師」の異名はさらに広がる勢いだ。
東京・渋谷の落語会「渋谷らくご」の仕掛け人で芸人のサンキュータツオさんは、松之丞が初めて出演した4年前の12月14日を覚えている。討ち入りの日とあって定番の「赤穂義士伝」をやると思っていたら、新作を披露して会場を笑いで満たした。「この芸能になじみのない若い人たちを楽しませ、かつ自分の存在をしっかりアピールするための最適解を見抜いた。自分を客観視している」
本編前のマクラで、それぞれの演目の意義づけをやさしく説明する。客席を置き去りにしないから、観客も興味を持ち、次は何をするのかとまた高座に通う。単発の「点」を「線」にする力がある、とタツオさん。「『いま自分はこう考え、この地点にいる』と発信している。周囲が追いかけたくなる『GPS機能』を持った演者だ」
TBSラジオ「神田松之丞 問わず語りの松之丞」の戸波英剛ディレクターは「出てきた瞬間に広い会場をつかむ空間制圧力が高い」という。「例えるなら、忌野清志郎みたいなロックスター」
話芸の魅力は「構成力」とみる…