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1994年6月にオウム真理教が長野県松本市で起こした「松本サリン事件」は27日、発生から25年となる。猛毒の化学兵器サリンが一般市民に無差別に向けられた国内で初めての事件。そこで得た経験や教訓を次世代に伝えたいと、現場の痕跡やサリンの入手ルートなどから教団に迫った長野県警の元捜査員2人が、当時を振り返った。 【特集】「オウム」を暴走させた3つの転機 「何をどうすればいいんだ」。松本署刑事課の鑑識係長だった樋口伸夫さん(65)=長野市=が現場に着いたのは、発生翌日の午前4時ごろだった。有毒ガスが発生したとみられる場所、発生源が、まったくわからなかった。 とにかく現場を歩いて回るしかなかった。「何か手がかりはないか」。ハトやザリガニの死体、池の水など、目に見えるものをすべて採取していった。 2、3日経ち、池の周りの草木が枯れていくのに気がついた。池のすぐ横の駐車場のフェンスには、白い粉がこびりついていた。これを分析したところ、猛毒サリンと判明した。白い粉はその副生成物だった。 駐車場を30区画に分け、区画ごとに砂利を採取し、発生場所も突き止めた。 7月3日。捜査本部内に、サリンの入手ルートを探る5人の極秘捜査班が作られた。中心となったのは、大学で農芸化学を学んだ当時捜査1課の上原敬さん(64)=長野市=だ。 すぐに、サリンが5段階の化学反応式からできると分かった。該当する薬品に関係のある会社、個人をリスト化。薬品会社、薬品を購入した会社、製薬工場、運送会社……。捜査対象は最終的に約4200に及んだ。その全てをつぶしていった。 やがて、捜査は教団に近づいていく。 薬品を現金で大量に購入してい… |
大量のサリン原料「日本、終わるな」 緊張走った捜査班
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