6月23日の練習試合。新潟の投手、須栗久善(3年)は「与四球と失点の相関関係」を思い出しながら相手打者に向かっていた。
ニュースや動画をリアルタイムで!「バーチャル高校野球」
三回、1死後に四球を与え、「だいたい5割」。2死後、二つ目の四球で「ほぼ10割……」。データ通り、2死一、二塁からの適時打で1点を失った――。
正確には、「与四死球か失策が1の回は失点の確率が48・9%、2なら95・7%」だ。同校マネジャーの柳沢遥香(3年)が今冬、過去8年間の同校の試合を記録したスコアブックをかき集め、電卓で計算した。
練習試合の後、須栗は「失点はデータ通りなので、論理的に気持ちを切り替えられた」。実際、この回を最少失点で切り抜けると、続く回も無失点に抑え、試合の主導権を相手に渡さなかった。
柳沢の分析は半端ではない。選手別の打率や出塁率はもちろん、チームのバント成功率(93%)や盗塁成功率(84%)も算出。さらに、「最多得点は四回、最多失点は七、九回」「先制した試合は勝率5割、先制された方が6割と高い」「相手先頭打者が出塁した回は失点率51・5%」などなど、チームの姿を次々と「見える化」した。
野球経験がなく、少し肩身が狭かったという柳沢は、監督の後藤桂太(52)がミーティングで話す内容から視点を見いだし、その数値化を思い立った。「練習を見ているだけでなく、戦力に貢献したかった。受け身から一歩踏み出せるようになった。居場所を見つけられた」。データはLINEで全部員と共有し、今では主将の中川颯太(3年)が試合前に「データが頭から抜けないように」と呼びかける。
後藤は「社会でも役立つ能力を学んでくれている。将来どんな仕事に就いても、きっと集団を良い方向に動かせる」と柳沢の活躍を喜ぶ。
◇
野球技術の向上にとどまらない高校野球の学びの可能性を広げようと、長岡商の監督、佐藤忠行(44)は、部員29人を八つの部署に分ける取り組みを2015年の赴任後に始めた。業務改善のため、多くの企業が採り入れる「PDCAサイクル」を意識し、部署ごとに次週の目標を決めさせている。
朝の校内清掃をまとめる「環境清掃部」、定期試験に向けて部員に勉強を促す「勉強部」……。練習を統括する「練習部」所属の酒井翔真(3年)は、練習メニューの考案を任された1~2月に、ウェートトレーニングを増やした。同校はスマートフォンのアプリを使った選手の体調管理にも取り組んでおり、それも踏まえ、「今年は体の線の細い部員が多い」と考えた。
階段の踊り場を使った体幹トレーニングなどのおかげで、投手の目黒宏也(3年)は約6キロ増量し、下半身がどっしりして球威が増した。5月の県大会4回戦では強豪・日本文理に完投、接戦に持ち込んだ。
監督の佐藤は部員らに、よく「たかが野球」という表現を使う。「あくまで野球は道具。野球を通じ、5年後、10年後に、組織の中で責任感を持って役立つ人間に育ってほしい」という思いを込める。
「一人では全体の状況を把握しづらい」と話す主将の高橋海斗(3年)は、個人の役割が明確になる効果を感じている。将来の希望は小学校教員。「きっと今の経験が生きる」という。=敬称略(中村建太)