全国高校野球選手権岡山大会が始まる前に、特別な試合が開かれる。18人のベンチメンバーから外れる3年生たちの「引退試合」。いずれも甲子園経験のある玉野光南と関西はこの20年、引退試合の取り組みを続けてきた。様々な思いを胸に、最後の舞台に臨んだ玉野光南の選手たちを追った。(華野優気)
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6月14日夕方、倉敷市のマスカットスタジアム。ナイター照明が照らすグラウンドに、玉野光南と関西の3年生が立った。玉野光南の一塁スタンドからは、保護者と下級生合わせ100人ほどが見守る。
玉野光南は部員約70人のうち23人が3年生。前日の練習後、田野昌平監督(47)から3年生全員に背番号が手渡された。1桁の背番号でこの「引退試合」に出場することは、夏の岡山大会でベンチを外れる可能性が高いことを意味する。
あこがれだった背番号「1」を背負った塩入翔太君。ベンチ入りの経験はない。高校入学後、本格的に投手を始めた。約20人いる投手陣の一人として、誰よりも長く走ってきた。「自分が一番下手だから」
田野監督に「集まってくれたみんなに感謝の気持ちを全部伝える試合だ」と送り出され、先発マウンドに立った塩入君。「楽しんでやる」と心に決めていた。帽子を飛ばしながら、長い腕から力いっぱい速球を投げ込んだ。
初回、いきなり3点を失った。「ええボールや」。ベンチの主力選手が声を枯らす。主将の金光健太郎君はこの日、伝令役を担った。「塩入は最後まで手を抜かない。みんな知ってるから」
スタンドで母の佳子さん(46)は立ちっぱなしで声援を送った。前夜、背番号をユニホームに縫い付け、「頑張っておいで」と息子を送り出した。「背番号を付けた姿を見られただけでうれしい。みんなに支えてもらって……」と大粒の涙を流した。
四回まで67球を投げ、マウンドを降りた。「心の底から楽しかった」。晴れ晴れとした表情で話した。
背番号「4」の二塁手、池上広史君もベンチ入りがかなわなかった選手の一人。4強に入った春の県大会のメンバー発表前、一足早く「応援団長になります」と田野監督に申し出た。「今の自分がチームのために出来ることを考えた」と池上君は言う。「背番号を実力で勝ち取って親に見せたかった」。自分へのもどかしさは胸に秘め、笑顔で試合に臨んだ。
三回、2死二、三塁の好機に打順が回ってきた。「絶対にヒットを1本打つ」。仲間の声援がはっきりと聞こえる。外角の直球を捉えると、打球は中前に抜け、同点の2点適時打になった。ベンチに戻ると、3年生たちが身長161センチの体をもみくちゃにして喜んでくれた。
誰より喜んだのが、小学生の時からチームメートだった塩入君だ。言葉にはしなくても、ベンチに入れない苦しみをわかり合える仲間。「あいつは親友じゃ足りないくらい。自分のことよりうれしい」。涙をぼろぼろとこぼした。
玉野光南は3―7で敗れた。田野監督は輪になった選手たちに語りかけた。「仲間の素晴らしさが改めてわかった。ありがとう。夏まで役割分担して、最高の絆で強いチームにしよう。お前らなら出来る」
選手としての高校野球に区切りをつけた池上君は「やっぱり野球が大好きだなと思った」と振り返った。
引退試合に出た選手たちはその後、自らチームのサポートに回る決断をし、今は打撃投手や下級生の指導を担う。塩入君はピッチング練習に入らず、池上君もノックで守備につくことはない。「チームのために力になれる場所」で役割を果たし、試合に出る選手に思いを託す。