○フランス1ー0ブラジル●
前回の02年日韓大会の優勝国で、連覇が有力視されたブラジルがベスト16で消えた。「カルテット・マジコ」(魔法の4人)と言われるロナウジーニョ、ロナウド、アドリアーノ、カカの4人を擁し、圧倒的な強さを見せ続けるかと思われたが、意外なつまづき。体を絞りきれなかったロナウドや、ロナウジーニョの体調不良など、いくつかのマイナス要因が敗戦に結びつく、もろさも秘めていた。
「なぜ美しいサッカーができないのか」。大会期間中、詰め寄るブラジル報道陣に、パレイラ監督は「我々は技術的に非常に優秀だが、コンディション調整やチームのまとまりには、もう少し準備が必要だった」と敗戦の弁を語った。例えば、ロナウジーニョは欧州チャンピオンズリーグ決勝(5月15日)で栄冠を手にして代表に合流したのは直前。長いシーズンを終えた疲労と達成感が最後まで尾を引いた。各クラブの主力となるスターが多いだけに過密日程は他チームよりこたえた。
04年欧州選手権ではギリシャが優勝した。組織力を練り上げて守りを固めたチームだ。古典的なスタイルにサッカー界は衝撃を受け、多くのチームが堅い守りを破る攻撃サッカーを目指した。もっともうまくいったと思われたのが、ブラジルだ。だが、それも、フランスに、98年W杯、00年欧州選手権を制した全盛時代のような堅い守りをされると苦しむ結果になった。
パーツは素晴らしくても、精密な時計の歯車が、わずかな狂いで動かなくなるのと似ている。ロナウドは「フランスは知性あふれるサッカーだった」とうなだれた。ベスト4の顔ぶれは開催国ドイツこそ攻撃志向は高いが、イタリア、ポルトガル、フランスはともに守りが堅いチーム。ブラジルといえども、華麗なサッカーで勝ち続けるのは、W杯では簡単でない。【小坂大】
▽フランス・ドメネク監督 我々はチーム全体の戦略を立てていた。この勝利は控えも含めたチーム全体によるものだ。ジダンに他の選手が続いているのではなく、ジダンとともにいる。
▽ブラジル・パレイラ監督 フランスは闘争心あふれるプレーをした。全員で守っていたので、攻撃陣は苦しんでいた。ジダンはマークした。その証拠に相手の得点はFKから生まれたものだ。
◇98年大会決勝の再現はフランスがブラジルを返り討ち
98年大会決勝の再現はフランスがブラジルを返り討ちにした。90分間奮闘したジダンは「何て素晴らしいことだ」と語った。全盛を築いた時代を思い起こさせる戦いぶりには、自らのスタイルを信じた強い意思があった。
強固な4バックと、守備的MFの2人がほとんど守りに回り、相手がボールを持ったら、前に出て激しく圧力をかけた。積極的な守りは02年日韓大会でこそ、98年フランス大会、00年欧州選手権を制したフランスの流れをくむチームスタイルが目についた。ベスト8のセネガル、ベスト16の日本と米国がそうだ。
しかし、最近は守りの「ブロック」を作り、相手を呼び込んで奪うスタイルが多くなりつつある。前に出てかわされたら危険なことと、攻めの力が高まったことを受けた手段だ。それでもフランスはあえて個の力が強いブラジルに「前に出る守り」で勝負を挑んだ。
ドメネク監督は「引いて守ると、ブラジルに完全な支配を許すことになる。正しいバランスを見つけることにした」と解説する。生きていたのが今大会限りでの引退を表明したジダン。奪ったボールを預けられたジダンは、持ち味の高い技術を発揮してキープした。ジダンがボールを持つたびにブラジルはマークのために下がらざるを得なくなり、フランスの守りは一呼吸を置くことができた。ドメネク監督は「ジダンの状態の良さに驚いているようだが、それこそがジズー(ジダンの愛称)たるゆえんだ」と賛辞を送った。
フランスは今、不思議な雰囲気に包まれている。前評判が高くなかったため、国内世論の方が「もう十分」と達成感に浸っていることだ。それをドメネク監督は「『目標は達成した』と、心に言い聞かせるつもりはない。最後まで戦い、どこまでたどり着けるかを見たい」といさめる。
大会の驚きは何より、最近は落胆が続いていた「元王者」の復活劇だった。【小坂大】
◇攻め不発のブラジル、守りにも弱点
攻めが不発だったブラジルは守りの弱点も埋めきれなかった。右のカフー、左のロベルトカルロスが攻め上がった後のサイドと、DFのファンとルシオの間にスペースが空くことだ。フランスのシンプルな攻めは、その急所を突いた。
前半終了間際に、ジダンがボールを保持すると、守備的MFのビエラが後方からルシオとファンの間のスペースに突進した。ビエラがパスを受けると、ファンはもうファウルで止めるしかなかった。後半30分には、ルシオがアンリを倒して警告を受けた。1対1の勝負では、フランスの右MFで23歳のリべリに、10歳年上のロベルトカルロスが苦しんでいた。
前半12分、フランスが得点したFKの場面では、ロベルトカルロスが疲れた様子で下を向いていた後ろで、アンリがフリーになってゴールを決めた。攻めと守りの両立は、想像以上に体力を奪ったのかもしれない。このFKも、カフーのサイドで突破を許したことがきっかけだった。
攻撃重視のスタイルは当然、リスクも背負う。攻めがうまくいけば、表に出ない欠陥も、攻めが滞ると途端に顔をのぞかせる。最後はロナウジーニョや、ロナウドまでが自陣に向けてボールを追わなければならないほど守りが危うかった。それが、今度は攻撃陣の負担になって、さらに攻めの勢いが落ちる悪循環に陥った。パレイラ監督も「とても悲しい。選手たちもとても悲しんでいる。まさかここで敗退するとは思っていなかった」と嘆くしかなかった。【小坂大】
○…ブラジルの攻撃をシュート7本(うち枠内は1本)に封じたフランス守備陣を引っ張ったGKバルテズは「素晴らしい夜だった。やるべきことはすべてやった」と満足そうな表情だった。一時は世代交代で定位置を奪われた35歳の守護神は、試合終盤にロナウドの強烈なシュートをブロックする好セーブを見せて、健在ぶりを発揮。「この結果は忘れて、次に100%集中する」とベテランらしく気持ちを切り替えていた。
○…ブラジルのロナウドは「とても悲しい。この敗戦に失望している」とがっくりした表情で振り返った。負傷による長期離脱で体調管理がうまくいかず「太め」と批判を受け続けた今大会。それでもパレイラ監督は「試合を重ねるごとによくなる」と信じて起用を続けた。この試合では終盤になって鋭いドリブルで反則を誘う切れ味が出てきたが、間に合わなかった。自身、4度のW杯では通算得点記録(15点)を樹立して、得点王(02年)も獲得したが、同時に多くの挫折も味わった舞台だった。ロナウドは「すべては終わったこと。これがサッカーだから」と達観したように語った。
毎日新聞 2006年7月2日 21時30分 (最終更新時間 7月2日 21時35分)