養育費の算定方法 日本と米国では
母子家庭の貧困の一因として養育費の不払い問題を考えてきました。不払いの理由に単独親権を挙げる投稿がありました。今回は離婚後の共同親権の導入をどう考えるか、賛成、反対の論者に聞きました。
アンケート「子どもの貧困どう考える?」
■棚村政行さん(早稲田大教授〈家族法〉)
離婚後も親子であることに変わりはありません。親の都合ではなく、「子どもの権利」が守られる養育のしくみと法律が必要です。
離婚後、子どもが貧困にさらされないようにするためにも、親権は両者が維持し、別居親にも子育ての責任の自覚を促すべきだと思います。
「共同」と言っても、みんなが子にかかわる時間を半々にするのではありません。離婚時に養育費や面会交流を取り決め、進学や医療などの主要な決定には別居親が関わる。欧米の中には、合意できない場合、どちらに優先権があるのかを決める国もあります。裁判所に離婚を届け出るので、DVがあったり、両親の争いが深刻だったりするケースは、面会交流などの際に様々な支援を受けられるシステムになっています。
そもそも共同親権の議論は、米国で1970年代に起きた「離婚後も子育てに参加したい」と願うお父さんたちの権利運動がきっかけでした。その後「子どもの権利」意識の浸透とともに、英、米、仏、独などで導入されました。
オーストラリアでは、養育時間も半分半分という大胆な法改正もありました。結果はDVや虐待被害が顕在化し、2011年には揺り戻しの法改正もあった。だから、共同親権は、導入すれば子が幸せな状況に近づくという魔法の制度ではありません。
各国は「子の権利」を軸に試行錯誤を重ねています。父とも母ともできるだけ関わりを持って育つ方が、子どもの育ちにとっては良い。離婚後も関わって「共同親権」で育てることができる人たちにはその選択肢を与え、子どもの権利を守るという軸はぶれていない。日本もそうあるべきだと思います。
諸外国は裁判所が離婚を判断し、許可します。夫婦で共同親権の協議ができるケース、協議ができずに調停が必要なケース、争いが深刻で裁判で決めなければならないケースの三つに仕分けをしています。私は、日本では、自治体にその機能を持たせるのがより現実的な選択だと思います。調停や裁判まで持ち込まれる場合には、専門家が関わる。そこで子どもの意見を客観的にくみ取る仕組みを整備することも大切です。
■長谷川京子さん(弁護士)
子育ては、成長する子どもの途切れないニーズに、特定の大人が生活を共にし、応える営みです。いまの法律は、この責任を果たせる人を「親権者」と定め、子どものための権限を託しています。責任を持つ人が権限を行使してこそ、適正な親権行使ができると思います。
共同親権を導入すると、子育ての責任を負わない別居親に、1人でその責任を果たしている同居親と同じ権限を与えることになります。もし、別居親が同居親の子育て方針に反対を乱発したら、子育ては行き詰まり、子どもの福祉を損ねます。対立するたびに裁判所の判断を仰ぐなら、生活と子育てを1人で担う同居親の負担は、時間、金銭、心理的ストレスの面で途方もなく大きくなります。それは経済的、社会的、時間的に追い詰められがちなひとり親から、子育てに必要なゆとりを奪います。そういう影響は司法の体制改善などで乗り越えられるものではありません。
父母の争いが激しかったり、DVや虐待があったりした家庭では、子どもの知的・心理的発達が害されることが研究で知られています。共同親権のもと、別居親と同居親が子育てで対立すれば、親権行使は新たな争いの舞台になり、子どもは巻き込まれ続けます。
また併せて語られることもある共同養育では、別居する父母の間を子どもが行き来して生活することになります。子どもは、父母どちらの家でも根を張ることができません。乳幼児なら愛着形成が阻害される懸念も生じます。そのうえ、双方の親が子どもと暮らす建前なので、収入の少ない親に支払う養育費は減額されます。養育費をもっと減らしたい親からの養育時間の拡大要求が激しくなり、裁判紛争が増えます。
離婚後も夫婦で話し合える人たちは、親権制度にかかわらず子育てに協力している。親権をめぐる法律は、それができない人の間で、子どもの安全や福祉を守るための制度です。共同親権・養育制度は、DV虐待や際限ない紛争からの、親子の逃げ道を絶つ仕組みになってしまう。養育費を減らし貧困の解消にも逆行する。紛争の現実を見ないで親権の共同化に進むのは危険です。
■まず子どもの意思尊重して
どうしたら子どもの本音をくみとれるのでしょう。親権を巡って両親が裁判で争った子どもの診察をし、意見書も書く小児精神科医の田中哲さん(62)に聞きました。
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父親も母親も「子どもは絶対に自分と暮らした方が幸せだ」という結論ありきで、大人の意図やエゴを感じることが多いです。子どもは、子どもなりの意見を持っています。
大人が子どもの意思を聞く時に大切なことは、子どもが、より多くの視点から考えをまとめているか、いっときの思いだけで決めていないかについて気を配ることです。
5歳の子でも、「父か母かどっち?」という選択肢だけでなく、「本当は別々には暮らしたくない」という選択も入れてまず聞いてみます。選択によるメリットやデメリットも易しく説明すると、子どもは迷いをみせます。その気持ちの揺れを受け止めながら、子どものテンポで接し続ければ、「本当の気持ちはどっちにも言ってないよ」と、本音を話し始めてくれることがあります。
医療の現場では、16歳未満の子どもの最終的な治療方針は親が決めます。「子どもは導くべき存在で、親なら最善の選択ができる」という考えが多くの人にはあります。そこから離れ、子どもの立場に立った仕組み、発想に変われるか。司法も含め、様々な分野で取り組むべきことだと思います。
大人は、自分の感情やエゴを一度横に置き、真摯(しんし)に子どもたちの声に耳を傾けて欲しいです。
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〈養育費の額どう決まる?〉 日本では法律や省令の定めはなく、目安として使われているのが養育費算定表です=図。東京と大阪の裁判官らによる研究会が2003年に「判例タイムズ」で発表しました。それぞれの親の年収が交差する部分が支払額の目安となります。最終額は当事者の合意で決めます。
養育費相談支援センターによると算定表の額について、払う側からは「高い」、受け取る側からは「少ない」と常に批判があるそうです。日本弁護士連合会は12年、「教育環境を著しく低い水準に固定化している」などと指摘。地域や個別の事情を踏まえ、新たな算定方式を研究すべきだと提言しています。
米国の親権に詳しい京都産業大の山口亮子教授(家族法)によると、米国では、離婚時に両親が養育計画を作成。養育費、面会交流の頻度、平日と週末の子の養育者、子の受け渡し日時や場所などについて、数年先まで一定のルールを決めます。
親の義務を明確にするため、1975年に強制力のある養育費制度を創設。実務は司法と行政が担っています。額の算定は州ごとに決められ、ネットで無料で計算できます。主な算定方式は図の2種類です。算定書に書き込む事項は、父母の年収、住居費、保険、養育時間など多岐にわたります。「個々の生活状況に応じて細かく計算し、オーダーメイドで算出される」と山口教授は分析しています。
■養育費めぐる法整備を求める声
各国の養育費制度を紹介したところ、法整備を求める意見が届きました。広島の女性(47)は「夫が送金マシンと感じることがある」と言います。前妻との子どもに十数年間、多い時で年収の約3分の1を払ったが、一度も会えず、数年に1度メールで1、2行の報告があるだけ。「離婚が増えているのに現状に適した税制がない」として、所得控除といった税制面の優遇措置を設けるなど、養育費の支払い促進につなげる政策が必要だと指摘しています。
神奈川の男性(64)は「日本の算定表は額に幅があり、物価や給与などの変化が10年以上反映されていない」と、ドイツのように養育費の額を省令で定めるよう提案します。
面会交流との関連について、札幌市子どもの権利条例市民会議の佐々木一代表は「養育費と必ずしもセットではない」。払っていて面会できないなら、その背景の吟味が必要で、「養育費は親の義務だが、面会交流は子どもの権利。子どもの最善の利益を考えるべきだ」と言います。
■冷静に模索することが大切
子どもの貧困と親権のありよう。複雑で難しい問題で簡単に答えはでません。私自身は、離婚後に双方の親が共に望む場合は、共同親権も選択できる道を作るのが良いと思います。もちろん、双方の親が真に対等に話せるためには、養育費徴収制度、面会交流支援の充実、DV被害者への支援など、取り組まなくてはならないことが多くあります。子どもの立場に立った制度になるよう、当事者以外ももっと議論に加わり、冷静に模索することが大切だと思います。(山内深紗子)
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◆山内と中塚久美子、丑田滋が担当しました。
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