フグの肝
トラフグの肝臓は食べられる? 食べられない? 美味とされながら、猛毒の恐れがあるため食用が禁じられている「フグ肝」を巡り、佐賀県と業界団体の主張が真っ向から対立している。禁断の味の行方は?
「毒の検査法は信頼できるのか」
「検査で有毒となればどうするのか」
20日、東京・赤坂であった食品安全委員会の「かび毒・自然毒等専門調査会」。佐賀県が厚生労働省に求めた「フグ肝食解禁」について、食品や生物の専門家十数人から質問が相次いだ。
ことの発端は2月。佐賀県の山口祥義知事が、「毒のないトラフグの肝臓を提供できる」とする水産業者「萬坊(まんぼう)」(同県唐津市)の依頼を受け、養殖トラフグの肝の食用を限定的に認めるよう厚労省に申請した。全国初の観光資源にもなりうる食用フグ肝。山口知事は「(県の)第三者委員会でしっかり議論して頂いた」と、解禁に自信を見せる。
本当に食べても大丈夫なのか。
フグ毒は青酸カリの1千倍の毒性を持つテトロドトキシン。肝や卵巣など内臓のほか、一部は皮や筋肉にも含まれる。2006~15年に356人が食中毒になり、10人が死亡。24日には養殖トラフグの肝臓を店で出したとして、大阪府警が会員制料理店の経営者ら8人を食品衛生法違反の疑いで逮捕した。客に出す店は絶えない。
フグ毒に詳しい長崎大の荒川修教授(水産食品衛生学)によると、毒は海中の細菌から生まれ、ヒトデや巻き貝を食べるフグに食物連鎖で蓄積する。他にも毒の経路があるのではとの指摘もあるが、長崎大がこれまで調べた無毒のエサで育った1万匹は毒なしだったという。無毒を確認した上で肝を食べたという荒川教授は「カワハギの肝に似ている。少し脂っこいが濃厚でとても美味」と話す。養殖環境にもよるため、養殖フグなら無毒とは言い切れないという。
県などによると、萬坊は「万が一」をなくすことを目指す。殺菌した海水を使った陸上の施設で養殖し、一匹ごとに飼育歴を把握。すべてのトラフグについて肝の毒性が最も高いとされる部位を検査し、毒が検出されなかったもののみ同社のレストランで出す。県の第三者委は1月、「検査方法は妥当」として、お墨付きを与えた。
国は、どう判断するのか。
実は県や萬坊は04年から2度、フグ肝の食用を認める「特区」を国に申請したことがある。今回の提案と同じ方法で萬坊が養殖した計5千匹が無毒だったことが根拠だが、「細菌からフグに毒が移る仕組みは不明な点が多い」と却下された。食品衛生法では、有毒の疑いがある食べ物でも、国の審査をへて「人の健康を損なうおそれがない」と厚労相が認めたら販売できる。この規定をクリアするため、今回は、肝を一つずつ検査する仕組みを導入した。
食品安全委は1年以内にも、佐賀県の提案について判断を下す方針だ。萬坊は結論が出るまで取材を拒否しているが、県の担当者は「業者が考え抜いた仕組み。門前払いはないのでは」と解禁に期待する。
おさまらないのが、フグ料理店主ら約1800人でつくる「全国ふぐ連盟」だ。真貴田雄一副会長(63)は「県の提案を認めると『肝は安全』と誤解が広まって被害が増える。積み上げてきた消費者のフグへの信頼感が落ちてしまう。絶対の安全はない」と語気を強める。今月上旬には厚労省を訪ね、認可しないよう求めた。
真貴田さんの店でも肝を注文する客は時々いる。「命に関わること。『たぶん大丈夫』では出せない。アンコウの肝などおいしいものは他にもあり、急いで認める必要は全くない」という。
荒川教授によると、仮に提案が認められても、検査に多額の費用がかかるため、全国に普及するには時間がかかりそうだという。「認められれば、値段が下落傾向の養殖フグの価値があがり、水産業の活性化にもつながる。国の審議を見守りたい」(菅原普、東郷隆)