悪の秘密結社の拠点で仕事をするヤバイ仮面(右)と戦闘社員=福岡市東区
仮面ライダーに憧れて育った若者が、福岡市で立ち上げたイベント会社が注目されている。その名も「悪の秘密結社」。一体、どんな組織なのか――。
福岡市東区のマンション6階にある一室。6畳の部屋には机が並べられ、壁には戦闘員の面がズラリ。ここが結社の拠点だ。結社社長で「ヤバイ仮面」の笹井浩生(こうき)さん(27)と、「戦闘社員」の吉田和宏さん(46)がパソコンに向かって仕事をしていた。
実態はヒーローショー専門のイベント会社だ。3月に設立した。地方の祭りやイベントで催されるヒーローショーの台本や音源をつくる一方、自ら「悪役」として出演する。衣装や武器などショーで使う小道具も手作りしている。
原点は、笹井さんが少年の頃にテレビで夢中だった「仮面ライダークウガ」。悪者を倒す姿に、生活を別にしていた父の背中を重ねた。高校2年の時、着ぐるみに入るスーツアクターのアルバイトを見つけると、すぐに申し込んだ。
採用後、先輩から公園に連れて行かれた。「最初は(悪役の)戦闘員から。殴られた時の動きを教えるから」。突然、ほおを拳で殴られ、吹っ飛んだ。先輩は「それそれ。その動き」。次に腹を殴られてうめき声を出すと、「なあ、あごが下がるだろ」。週3回、夜の公園で同僚と戦闘員の動きの練習を重ねた。
戦闘員から戦隊モノのブルー、レッド……。経験を積んで憧れの主役も任せてもらえるようになった。しかし、忘れられない舞台は悪役の時のことだ。
ヒーロー役のテレビ俳優らと舞台で共演した。倒れたヒーローを応援するため、約2千人の観客が「頑張れ!」と声を上げた。悪役の戦闘員役だった笹井さんの面の中にも声が響いた。「すごい迫力だった。涙を流しながらヒーローと戦った」
就職した後もヒーローショーのことが頭から離れなかった。時計販売会社で働いていたときは、段ボールで架空の「ウォッチマン」を創作して店頭に立った。2年ほど前、広告会社に勤務していた頃は忘年会や結婚式の余興で着ぐるみを着て盛り上げた。
当時はゆるキャラブーム。「くまモン」や「ふなっしー」などが人気になる傍らで、多くのご当地キャラは知名度が上がらなかった。「広告の営業で地方を回ると、ほとんどの着ぐるみは倉庫で眠っていた」。そんな現状を変えたい、ヒーローショーをやりたいと、起業した。
個々に設定があるヒーローより、誰とでも戦える悪役の方が仕事も多いと考えて悪役専門の会社にした。「悪の秘密結社」を社名にした理由を「ほかのビジネスをしない、と退路を断つ意味もあった。例えば『悪の秘密結社』という社名で化粧水を売っても誰も買わないでしょ」と語る。
戦闘社員の吉田さんは、映画ゴジラシリーズで怪獣役として出演したこともあるアクション業界30年のベテランだ。「この業界だけでご飯を食べていくのは難しい。それに挑戦する若者を応援したかった」と吉田さん。
起業から約半年。地方の祭りで小さな子どもを泣かせては、ヒーローに倒される日々だ。結婚式でウェディングケーキに扮したり、新婦を連れ去って新郎にやっつけられたりもする。
笹井さんは「ショーが終わり、舞台裏でヒーローから『助かった』と言われるとうれしい。どんな人やキャラクターでもヒーローとして輝かせられるような悪役をめざしたい」と語った。(藤山圭)