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「二十四の瞳」から40年 選手16人の中村に大応援団

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大声援を受けて力投する中村の北原野空投手=20日、阪神甲子園球場、細川卓撮影


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(20日、選抜高校野球 前橋育英5―1中村)


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大応援団が16人の選手の背を押した。アルプススタンドからは40年前と同じマーチの演奏。20日の第3試合、中村(高知)は前橋育英(群馬)と対戦し1―5で敗退したが、選手たちは大声援を力に変えた。


5点を追う九回表、手拍子と歓声が球場を包む。2死三塁、岡上颯(はやて)君(3年)の打球は二塁手の前で大きくはずみ右翼前へ。40年ぶりの甲子園の得点となり、歓声は地鳴りに変わった。「一塁を駆け抜けたところで、すごい声援に気付いた。地域の応援はとてもパワーになった」と岡上君。


中村は1977年に選抜に初出場し、部員12人ながら準優勝。「二十四の瞳」として旋風を巻き起こした。2回目となった今回の出場も選手は登録枠18人に届かない16人だ。


40年ぶりとあって甲子園には5千人を超える大応援団が駆けつけた。アルプスに入りきれず内野席や外野席にも陣取った。地元・高知県四万十市からはバスツアーが組まれ、当初予定していた50台のバスでは足りずに5台を追加した。


桜木宏俊さん(77)は学ラン姿で応援。「血が沸きます」と話した。初出場だった40年前、早稲田大応援部出身で、四万十市内で飲食店を営んでいた桜木さんは生徒らと応援団を結成。早大の「コンバットマーチ」を練習し、演奏した。この日、アルプスからは多彩な応援歌が流れたが、その中にコンバットマーチもあった。「昔の映像が思い浮かびました」


捕手の中野聖大君(3年)は、桜木さんが指導した少年野球チームの出身。桜木さんを「じっちゃん」と慕う。「支えてくれた人の前で勝利で恩返ししたかったけど、たくさんの人の前でプレー出来て楽しかった」と話した。


40年前のエースで後にプロ野球の阪急などで活躍した山沖之彦さん(57)も駆けつけた。「自分たちも甲子園の初戦の応援団を見て緊張がほぐれたのを覚えている。勝ち負けでなく、この試合から次につなげて欲しい」


左翼手の伊与田遥輝君(2年)は「『二十四の瞳』のおかげで自分たちは注目されている」と話す。伊与田君の中学時代の野球部監督は「二十四の瞳」で右翼手を務めた田野高(たかし)さん(56)=現中村高校教諭=だ。アルプスから見守った田野さんは「ここに来られることは本当に幸せだと思う。本当にわくわくした」と話した。


「自分も甲子園で観客を沸かせたい」と思って臨んだ伊与田君だったが、満足のいくプレーは出来なかった。試合後は、「先生たちが来られなかった夏の甲子園という舞台でリベンジしたい」と話した。(森岡みづほ)



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