南極料理人の渡貫淳子さん。大好物のシロをほおばると思わず笑顔に=東京都府中市
■食のプロと一杯
平均気温マイナス10度、30人の越冬隊員。南極という閉ざされた環境で食生活を支えてきた料理人が、帰国後に自分へのご褒美としてどんな店に行くのか。できれば一緒に杯を傾けながら、その人の「南極物語」を聞いてみたい――。そんなむちゃな願いを聞いてくれたのが、南極に1年以上滞在し、この3月に日本に戻ったばかりの渡貫淳子さん(43)。南極料理人がどうしても食べたかった逸品とは……。
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JRと京王線の分倍河原駅の目と鼻の先。狭い路地を抜けた先に「もつ焼 扇屋」はあった。寒いところから戻ったからやっぱり温かい鍋物、ぐらいしか思いつかなかったが、え、もつ焼き? 店先には赤ちょうちん、古びた引き戸から店に入ると昭和レトロな雰囲気が広がるザ・居酒屋。飲み助の心をわしづかみにされた。
■懐かしの味
南極料理人の渡貫淳子さん(右)と店主の生田れい子さん。居酒屋談議に花が咲く=東京都府中市
夫と子どもの3人でよく訪れていたという渡貫さん。角ハイボール(400円)でのどを潤し、串焼きの盛り合わせ(5串600円)、おしんこ(400円)とテンポ良く注文していく。さすが店に通って10年選手だ。一番のお目当て、シロ(1串120円)をオーダーし終えると、「シロはたれです。うれしくなって笑っちゃいました」。
扇屋のシロは豚の大腸。南極帰りでどうしてまた……? 「これは私のソウルフードなんです」。渡貫さんは青森出身。子どもの頃、シロは父親が買い出しに行き、自ら仕込んで食べさせてくれた。実家には継ぎ足して使っていたタレつぼまであった。はっきりと味までは思い出せないが、おいしかったという記憶は今でも鮮明に残っている。
タレの香ばしさと脂のうまみが絡み合う扇屋のシロ
思い出話を聞いていると、こんがりと焼き上がったシロがやってきた。一口食べると渡貫さんは「くさみを全く感じない。おいしいじゃなくて、うまいです!」。食べてみるとタレの香ばしさと脂のうまみが絶妙に絡み合う。扇屋では大腸の脂の部分を落とさずあえて残している。「もつ焼き屋に行ったら必ずシロを頼むけれど、ここのは食感も柔らかくて一番です」
扇屋のおしんこ。ぬか床は40年近く大切に手入れされてきた
シロ以外にもまねできない料理がある。例えば最初に頼んだおしんこ。「休みの日も、まーいにちかき混ぜるんだから。見せて上げようか」。店主の生田れい子さん(79)が自慢のぬか床を持ってきてくれた。店を始めて40年近く、ぬかや塩を継ぎ足しながら世話をしてきた。渡貫さんは「何ものにも代え難い。気取った料理でなくても、自分にはかなわないからここに来るんだと思う」。南極料理人も脱帽の味があった。