川から眺める東京都心は、日常の騒がしさから離れた異空間でもある。川面は、春の光を映じて、きらめいていた=時津剛撮影
芥川賞作家でお笑い芸人の又吉直樹さんにとって、川は特別な場所といいます。今回、東京・日本橋を起点に川を遊覧しましたが、呼び覚まされた記憶の中には、かつて恋人に「川行ってくるわ」と告げて、一人出かけたときの胸のうちもあったようです。
日本橋の中央に全国への道路元標というものがある。道路でよく目にする「東京 500キロ」「東京 27キロ」と距離を示す標識の「0キロ地点」が日本橋だということだ。クイズとして、「あの標識はどこまでの距離?」と誰かが出題してくれないかと密(ひそ)かに期待しているのだが、まだその機会には恵まれていない。鮮やかに「日本橋!」と答える準備はできている。きっと、出題するまでもなくよく知られたことなのだろう。だが、その日本橋の下から舟に乗り遊覧できることはあまり知られていないのではないか。
先日、そこから舟に乗った。「日本橋川」の上は高速道路が走るため、空はよく見えない。出発してすぐに鎧(よろい)橋がある。明治末、「パンの会」という新しい芸術の精神を持った若者(木下杢太郎、北原白秋、高村光太郎など)が集まったカフェ「メゾン鴻の巣」が近くにあった。
沿岸の建物のほとんどは川に背を向けていて、非常階段で喫煙している人の脱力した表情が印象に残った。かつては江戸城まで物資を運搬する水路だったが、現在は日常の裏側なのかもしれない。ところが、「隅田川」に出ると一気に視界がひらけて爽快だった。
僕にとって川とは、舟で浮かぶところではなく、両手で抱えきれなくなった感情を流しに行く場所だった。川は容量が大きいから溢(あふ)れることはない。
地元の大阪府寝屋川市には、街…