東京書籍の歴史の教科書。左が中学校用で表記は「ザビエル」、右が高校用で「シャヴィエル」と記載されている=山口市
日本で最も有名な宣教師。キリスト教をこの国にもたらした人として歴史教科書に載り、ゆかりの土地にはその名を冠した教会が立つ。山口県に来るまでは、ずっと「フランシスコ・ザビエル」だと思っていた。でも、山口県では「サビエル」と呼ぶ。君の名はザビエル? サビエル? それとも――。
なるほどハッケン九州山口
山口市の中心部に、細く高い2本の塔に直角三角形の屋根が特徴の「山口サビエル記念聖堂」が立つ。室町時代、宣教師が布教に訪れた街のシンボルだ。1952年に完成。火災で焼け落ちて98年に再建された。
なぜ聖堂の名が「サビエル」になったのか。ルイス・カンガス神父(90)に聞くと、「分からない」と苦笑い。同じ質問をよくされるらしい。「山口はみんなサビエルと言いますね」といい、「本当はザビエルにしたほうがいいけど、しょうがない」と困り顔だ。
県内には私立サビエル高校(山陽小野田市)もある。事務長の原田孝幸さん(69)によると、設立母体の宣教会がザビエルの出身地、スペイン・ナバラ州を拠点とすることから、宣教師の名前をもらったのだという。「山口での呼び方はサビエルなので、校名もそれに倣ったのでしょう」と原田さん。「彼が山口に来たとき、自分の名前をシャビエルと発音したのを山口の人たちがサビエルと聞いたという説があります」と教えてくれた。
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宣教師が滞在したのは京都を除き、山口と九州に集中している。
最初に上陸した鹿児島県には鹿児島カテドラル・ザビエル記念聖堂、布教に訪れた長崎県には平戸ザビエル記念教会、大分県には銘菓「ざびえる」と、いずれも名前は「ザビエル」を冠している。カトリック中央協議会(東京)によると、日本のカトリック教会は「ザビエル」の表記で統一しているが、それがいつからなのかは分からないという。
キリシタン史に詳しい元桐朋学園大学短期大学部教授の岸野久さん(74)によると、ザビエルはスペイン語の発音で「ハビエル」。ザビエルの出身地、バスク地方では「シャヴィエル」になる。ミサの正式な言語だったラテン語では「ザベリヨ」で、「ザビエル」は英語読みに由来するという。
宣教師が来日した16世紀以降、国内でもさまざまな呼び方があったようだ。歴史学者の故吉田小五郎は、文献をめくるうちに、登場する宣教師の名前がバラバラなことに気づいて驚いた。しびえる、ジヤヒエル、娑毘惠婁……。確認しただけでも読み方は60以上に及んだ。言語によってつづりが違い、仮名で書き残したため表記がさらに増えたのだろうと指摘する。
歴史の教科書でも呼び名は分かれる。東京書籍は中学の教科書では「ザビエル」だが、高校では「シャヴィエル」。担当者は「現地の読み方に合わせるのが学会の潮流」と説明する。中学の教科書では一般的な「ザビエル」を採用しているが、今後表記を変えるか、併記する可能性もあるという。
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宣教師は、自身をどう呼んでいたのか。
手紙の署名に多いのは「フランシスコ」だ。岸野さんによると「ザビエル」のつづりは本人も混乱していたらしい。最も多いのは「Xavier」で、vをbとした例も多いという。バスク語は固有の文字をもたず、vとbの発音も区別がないために文字を混同したのではないかとみる。
どう呼ぶのが正しいのか。
宣教師の兄の子孫で、山口県の教会にもいたイエズス会福岡修道院のルイス・フォンテス神父(86)は、相手によって使い分けているという。スペイン人には「ハビエル」、日本人には「ザビエル」と説明する。神父いわく、呼び分けは「方言みたいなもの」。読み方に決まりはないと説く。「呼び方はいろいろ。分かりやすく伝えるのが大事です」(棚橋咲月)