結婚式場のモデルの撮影にのぞんだ千財明菜さん=遺族提供
東京・渋谷の温泉施設「シエスパ」が爆発し従業員3人が犠牲になった事故から19日で10年になる。施設があった場所は今、更地になっている。遺族の一人が歳月を振り返り、「長かった。辛(つら)かった。私はぼろぼろになった」と話した。
「心のバリアフリー」映画の力で 爆発事故被害者ら活動
娘の千財明菜さん(当時23)を失った父親の信行さんは、昨年5月に裁判が終わるまでの9年間、すべての公判を傍聴。5年前には被害者参加制度を利用して東京地裁の法廷に立ち、「誰が原因をつくったのか、どこに責任があるのか」と訴えた。「明菜は客室乗務員を目指して頑張っている最中だった。将来を絶たれた娘があまりにもふびんだった」
温泉施設の責任者、建設会社の設計担当者の計2人が業務上過失致死傷罪で起訴された。温泉施設の被告は4年前、「事故を予想できたとは言えない」と無罪に。建設会社の被告は東京地裁、同高裁で、施設側に安全管理の説明を怠ったとして有罪判決を言い渡され、昨年5月に最高裁で判決が確定した。
「ああ、やっと片付いた」。信行さんは裁判所が「安全管理態勢が不十分だった」と建設会社の不備も指摘したことで、事故の責任が明らかになったと感じ、肩の荷が下りる思いがしたという。
だが娘を失った傷は、10年が経っても心身に深く刻まれている。ストレスから顔面まひに悩まされ、左耳の聴力は落ちたまま。右手にもしびれが残っている。
6月を迎えるたび、複雑な思いがこみ上げる。信行さんの誕生日は18日。爆発事故の前日、明菜さんからチョコレートをプレゼントされた。「誕生日が来ると、その次に娘の命日が来る。毎年、毎年、あまりにむごい」と声を震わせた。
裁判が終わり、少しずつ娘の死を受け入れてきたつもりだ。それでもふと、想像してしまう。「あの日、明菜の出勤時間が違っていたら」「明菜が生きていたら、孫もいただろうか」
命日には更地となった跡地に、花を手向けに行くつもりだ。(遠藤雄司)
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〈シエスパ爆発事故〉 東京都渋谷区の温泉施設「シエスパ」で2007年6月19日、従業員用施設の地下機械室にガスが充満し、制御盤の火花が引火して爆発。地上の施設も大破した。従業員の千財明菜さん(当時23)と藤川広美さん(同22)、日詰真里さん(同51)が死亡。別の従業員2人と通行人1人も大けがをした。