伊勢うどんを渡す店主の豊田二郎さん(中央)と妻明子さん(右)=和歌山市本町9丁目
傾いた店で有名だった和歌山市のラーメン店「まる豊」が移転し、「傾いていない」新店舗で今月1日に再スタートをきった。店の「名物」で、傾いたカウンターで器を水平に保つ道具「こぼれん棒」と「平板(たいらいた)」は健在だ。だが、まる豊には隠れた名物がもう一つある。伊勢うどんだ。
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店主の豊田二郎さん(79)は三重県伊勢市出身。子どもの頃から伊勢うどんが身近にあった。タイヤ工場で手を真っ黒にして働いていた時、疲れを癒やしてくれたのが、仕事帰りに週1回食べる地元の老舗「山口屋」の伊勢うどんだった。こしがなく、つるっと入るうどん。「それを食べるのが楽しみで楽しみで一生懸命働いた」
人の喜ぶ顔が見えるっていいな――。自分でも商売をしたいと思うようになった。20年余り続けたタイヤ工場の仕事をやめ、店を開く場所を探した。40代半ばで和歌山市有本の元物置小屋を改装して開業した。
店を開いて5年目。こってりの和歌山ラーメンを作りながら、「あっさりした伊勢うどんが店にあったら」と思うようになった。なんとかして伊勢うどんを和歌山に持って来られないか――。思いついたのがかつて通い詰めた「山口屋」だった。「うどんをまる豊に置かせてほしい」。電話で懇願したが断られた。伊勢までお願いに行った。店の人は初めは首をかしげたが、「おまえさん、むかし仕事帰りによう来てくれたな、そこまで言うなら送ったる。和歌山で頑張ってくれ」。背中を押された。
店に「伊勢うどんできます」の貼り紙を貼ると、伊勢出身のお客も増え、口コミで広まった。20年ほど前から通う和歌山市太田の正宗進さん(62)は「だしがきいてうまくてこの味が忘れられない」。ラーメンと伊勢うどんを交互に食べたり、両方を頼んだりする客がいて、一日10杯ほどの注文があった。
「この店にはふるさとがいっぱいつまっている」と豊田さん。第一のふるさとの伊勢うどん、第二のふるさとの傾いた店で使った「こぼれん棒」と「平板」。やわらかい伊勢うどんは消化がよく、豊田さんにとっても元気の源。「第三のふるさとになる新店舗で勝負をかけていきたい」
新店舗はショッピングセンター「シティワカヤマ」近くの和歌山市本町9丁目。午前11時から午後10時までで原則火曜、水曜定休。電話(073・432・2967)。(片田貴也)