守備練習に励む稲富宏樹君=兵庫県三田市四ツ辻
6月中旬、兵庫県三田市の三田松聖(しょうせい)高校グラウンド。プロ野球スカウトの視線が、3年生の稲富宏樹君のバッティングに注がれていた。鋭いスイングで打線を引っ張り、捕手としても強肩を武器に守備の要を務める。
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順風満帆な野球人生ではなかった。高校入学後、日光を浴びると体調が悪化する「紫外線アレルギー」を発症した。天気によっては動くのもしんどい。練習を休まざるを得ず、葛藤してきた。「自分は主将なのに」
大阪・寝屋川市出身で、小学5年生で野球を始めた。中学までは母・千絵さん(35)と2人暮らし。高校は寮生活で野球に打ち込むと決め、三田松聖に入った。1年春、いきなりレギュラーの座をつかんだ。
しかし5月、順調に思えた高校生活に影が差した。全身に湿疹ができ、かゆみや痛みがおさまらない。
千絵さんに付き添ってもらい、病院で血液検査をするとアレルギーと判明。雑草のカモガヤと紫外線に反応が出た。「ストレスが引き金になったと考えられます」。慣れない寮生活、レギュラーの重圧……。知らぬ間に、体が悲鳴をあげていた。
症状は悪化し、湿疹だけでなく、意識が遠のくことも。なるべく日差しを避けるよう医師に言われたが、それでは野球に打ち込めない。
「何もできなくて、ごめんね」。離れて暮らす千絵さんに電話で言われるたび、「がんばらなくちゃ」と気持ちを新たにした。
大西祐監督の理解もあった。監督自身、アトピーの持病がある。「試合中でもきつければ自分で交代を申し出るように」と気にかけてくれた。
それでも無理を押してしまう。8強をかけた昨夏の兵庫大会5回戦。姫路市のウインク球場の日差しに、試合前のノックの時点で倒れそうだった。五回終了からは記憶もとぎれとぎれ。大舞台で交代は言い出せなかった。
4―4の同点で迎えた延長十回、2死一、三塁のピンチ。意識もうろうとしながらも、一塁走者が走ったのが目に入る。二塁へ送球した瞬間、ハッと我に返った。でも、後の祭り。それを見た三塁走者が生還し、決勝点を奪われた。
「自分のせいで負けた」。悩んでいたその日の夜、大西監督から新チームの主将を打診された。「体調次第で練習に参加できないこともある」と一度は断ったが、「お前が主将なら、みんな納得する」と言われ、腹をくくった。
持病と向き合えるようになったのは、それからだ。アレルギーを持つ選手として、どうしたら最大限の力を出せるか考え、やむを得ないときは素直に休んだ。千絵さんが様々な治療を調べてくれ、症状も以前よりは落ち着いた。
練習を2週間ほど休むこともあったが、4人いる副主将をはじめ仲間がカバーしてくれる。「チームメートにも、監督さんにも、母にも、甲子園に出ることで恩返しがしたい」。シード校として挑む最後の大会を前に、改めて誓った。
■息子にすべてを捧げた2年半 母の千絵さん
17歳で宏樹を産んだので、何でも言い合える友達みたいな関係でした。本人から高校は寮生活がしたいと聞いたので、送り出しました。本当はそばにいてほしかったですけどね。
アレルギーを発症した宏樹は見ていてつらかった。それでも本人は「絶対に野球をやる」。私も腹をくくって「2人でがんばろう」と決めました。
練習後の夜に高熱が出ることもあるので、いつでも対応できるよう病院そばのワンルームに引っ越しました。宏樹には内緒ですが、昨夏は特に心配で、大阪・寝屋川で仕事を終えてから寮の前に車をとめて毎日寝泊まりしていました。
すごく大変でしたけど、実はチームにも助けてもらったんです。宏樹と寮の相部屋の子は「今日は熱が出るかも」「今日は大丈夫。スヤスヤ寝ています」と頻繁に様子を伝えてくれた。本人は「みんなに心配かけないで」と言うので、これも秘密ですけど。
一番つらかったのは、去年の夏。4回戦を終えた後、紫外線が多かったのか、宏樹が「ボールが見えない」と泣いたんです。私は全面的にかばってあげたいけど、「やるって決めたんやろ。宏樹ならできる」と心を鬼にして言った。病気のせいにする弱さを克服してほしかったんです。
普段は口数が少ないけれど、母の日には感謝の言葉を贈ってくれます。宏樹は100%野球に打ち込み、私は息子にすべてを捧げた2年半でした。親子ともに悔いの残らない夏にしたいです。
■あいつじゃなければ 副主将・倉本剛志君
稲富はチームの柱です。でも、僕ら4人の副主将の課題は、あいつなしで平気なチームをつくることでした。
新チームができた当初、稲富はアレルギーで合宿に参加できなかった。するとチームはめちゃくちゃになり、監督にも叱られた。稲富はそれを見て、何も言わず複雑な顔をしたんです。
「あいつをがっかりさせないように」。それが僕らの目標になりました。その後、冬の合宿でもあいつが抜けたことがあったんですが、戻った稲富が練習後に一言、「強なったな」。あれはうれしかった。
持病のことも含めて、あいつじゃなければこのチームはなかった。ともに夏に臨めるのが幸せです。
■真面目で母親思い マネジャー・花房美佳さん
稲富は野球が本当に好きで、それしか考えていない。あまりマネジャーと話してくれないのですが、一度チームメートに「俺は女の子と話をしに部活に来ていない」と言っていたそうです。本当に真面目な主将です。
あとは、めっちゃ母親思い。「俺はお母さんのことを尊敬している」と何度か聞いたことがあります。高校生でそういうことを素直に表現できるのはすごいなと思います。