作家の朝井リョウさん
希望はどこに 作家・朝井リョウさん
シリーズ企画「希望はどこに」最終回は、作家の朝井リョウさん(28)の寄稿です。いずれ元号が変わると、「平成生まれの直木賞作家」の肩書を失うことになる――。むしろ最近の気分は、希望より絶望のほうに近かったという朝井さん。そんな折、一人の友人と久しぶりに会い、酒を酌み交わす中で、進むべき方向が見えてきたといいます。
「わかり合えないけど好き」を積み上げる 水野良樹さん
SNSで…ニート転じてモテクリエイター 菅本裕子さん
君たちは…自分の意思をどう見つけるのか 羽賀翔一さん
直虎の時代も今も、世の中って先行き不安 森下佳子さん
元号が変わる。
そう確定したとき、平成という変化の多い時代を作家の目線で振り返ってほしい、という依頼が多く舞い込んできた。印象的だったのは、“平成という時代が終わろうとしている今、オールドメディアである出版業界に身を置く若者が語る”という先方が望んでいるらしき構図が、企画書や質問案の向こう側に透けて見えたことだ。
私は自分を、変化に柔軟で、常に新しい場所に居続けられる人間だと思い込んでいた。ネット発の小説には馴染(なじ)みがあります、これまで読者に本を届けてくれていた書店への恩返しのため電子書籍化NGって、電子書籍でのみ本を読む人を書き手側が断つというのは本末転倒では――こんな風に最先端ぶっていたのに、周りから見ればきっと、変化する時代の中で古き良き伝統を守ろうと孤軍奮闘する物好きな若者、といったところなのだ。思わぬ形で自分の立ち位置を確認したこともショックだったが、何より拭い去れないのは、元号が変わることが確定したときに感じた、平成生まれの直木賞作家という肩書きを失うことへの恐怖だった。私は、時代の変化に理解がある顔をしながら、実は古き良き伝統を持つ業界ならではの既得権益に甘える狡(ずる)い人間だったのである。元号の変化に関する取材依頼が続く日々は、そんな自分の狡さに向き合わざるを得ない時間でもあり、私は、自分への絶望を密(ひそ)かに積み重ね続けていた。
希望について寄稿を、という依頼だったのに、絶望という言葉が先に出てきたことに我ながら驚いている。だが、そんなレベルではない驚きに、最近、出会った。
今冬、私は、誰に会っても「最近さ、元号が変わるからってこんな取材依頼が続いててさ、それってつまりさ」と死んだ目で自分の立ち位置を語り出す妖怪と化していた。程度は違えど、平成生まれという肩書きを乱用した前科を持つ友人たちは、ヤダヤダと一緒に嘆いてくれた。
そんな中、とある友人と久々に顔を合わせた。その日も私は、サッと目を死なせ、「最近さ」と訥々(とつとつ)と語り始めたのだが、その友人はなんてことないように、「元号変わるの嫌なの?」と訊(き)いてきた。
「嫌でしょ!」と絶叫する私に、友人はこう言い放ったのだ。
「最近、元号が変わることに希望を感じてるんだよね」
「自分だけの人生を追う号砲に」
世間の常識という呪いの言葉の存在に気づいた友人を通して、朝井さんも「変化」を前向きに捉え直したそうです。
その友人とは、「チア男子!!…