橋田寿賀子さん=外山俊樹撮影 渡る世間と安楽死:2 脚本家・橋田寿賀子さん(92)に安楽死をテーマに聞くインタビューの2回目。テーマは「それってうば捨て山と違うの?」です。社会保障の抑制傾向が進む日本の現実を見つめます。高福祉・高負担の国オランダの安楽死事情に詳しい太田啓之記者(53)が聞きます。 橋田寿賀子さん「安楽死、もうあきらめました」 父は、安楽死する5分前に私と記念写真に納まりました―オランダ(GLOBE) 消極的安楽死?尊厳死? 日本とオランダ、どう違う ◇ 記者 橋田さんは「体が不自由になったり認知症になったりして、お金がなくなれば安楽死しかない」とおっしゃっていますね。「お金がないから死ぬしかない」というのは、切ない感じがしませんか? 橋田 だけど、お金がなくなったら、誰が面倒をみてくれるんですか。国家がすべて面倒を見てくれるんですか。 記者 オランダのいい点は「高負担・高福祉」の社会で、税金が日本よりもずっと高い分、福祉や社会保障が充実していて、高齢になってもお金の心配をしなくていい所ですね。自分の死を考えるときに、「お金がなくて惨めになるから」というのは考えなくて済む。そういうのはすごく幸せだなあ、と素直に思いました。 橋田 長生きすると「お金がない」というのは一番切実な話ですよね。どこかに入るのにもお金がいるし。ケアハウスに入るのも老人ホームに入るのも病院に入るのも。 記者 あえて建前論を言えば、日本もオランダのように、介護が必要になってもお金の心配をする必要がない社会にするのが先決で、「安楽死の議論をするのは、それが実現できた後」という順番になるのではないですか。 橋田 それは無理ですよ。日本は借金大国なんですから。これ以上、高齢者にお金はかけられないでしょう。子どもたちはこれから伸びるんですから、学校とかにお金をかけてもいいですけど。私は、自分で自分のことができなくなって、「生きていることが社会や周囲の負担になる」と感じたら、生きていたくない。 そういうことは、「言っちゃいけない」と色々な人から言われましたど、私はたたかれても別にいいです。本人が「生きている意味がない」と感じているのに、家族や周囲を介護の犠牲にして、国家のお金ももらって。そんなの意味ないじゃないですか。仮に私に子どもがいたとしても、寝たきりになって息子やお嫁さんがおむつを換えてくれるなんていやじゃないですか。だから安楽死がいいなあ、と。 記者 社会の役に立たなくなった人は死んでいく。それは「うば捨て」とは違うのでしょうか。 橋田 もちろん、周囲や家族に心から「生きていて欲しい」と望まれている人、自分自身が生きたいと思っている人は、どんなに心身が不自由になっても、いくらでもお金を使って生かしてあげるべきです。 だけど、私のように「世の中の役に立たず、周囲に迷惑ばかりかけるようになったら死にたい」と思っている人間にとっては、「うば捨て」ってうまい制度だと思うんです。昔の高齢者も、ちゃんと心得て背負われていくんですからねえ。すごいことだと思います。「自分が役に立たなくなったら、うば捨て山に行って食べないで死ぬんだ」という覚悟。それが、現代では「安楽死」という形であればいい。 記者 僕自身は、これからでも日本は「高負担・高福祉社会」に向かって努力するべきだと思っているんですが、一方で、これだけ借金が膨らんじゃった以上、たとえ高負担にしても、もう高福祉には手が届きそうにない。「建前論ばかり言っていても空しいな」という思いもあるんです。 橋田 私もそう思います。高齢化が進んで、子どもが少ないじゃないですか。一人っ子同士が結婚したら、4人の親の面倒をみるんですよ。やはり親は自立して、子どもに迷惑をかけないように生きて、死んでいくしかない。 元気で、自分のことができるうちはいいですよ。でも、できなくなる時があるんですね。そうなった時に「迷惑をかけたくない」と思ったら安楽死しかない。少なくとも私はそう思っています。 記者 そうなると、オランダ的安楽死と全然違う話になってきますね。オランダは、ケアにかかるお金の心配がないという前提の上で、「これ以上生きていても苦しみしかない」という人のための選択肢として安楽死がある。でも、日本の場合、そういう「ぜいたく」ができる状況ではなくなっていく、ということですか。 橋田 日本は本当に国にお金がないですからね。 記者 橋田さんのドラマが多くの人びとから支持される理由のひとつは、きれいごとや建前を言わず、本音を貫く「リアリズム」だと思います。そんなリアリストとしての橋田さんからみると、日本では、オランダと違った形の「迷惑をかけたくないから」という形の安楽死が必要になってくるのでしょうか。 橋田 その人の意思次第ですよね。意思を大事にする制度としての「安楽死」があってもいいと思うんです。客観的立場から、医師や弁護士が本人の気持ちを聞いて「これで十分です。誰かのために生きることもないし、誰かが生きてくれと言っていることもないし、もう結構です」という意思を確認した上での安楽死。身体的な苦痛だけじゃなくって、精神的に痛めつけられている人も、死なせてあげればいいな、っていう気がする。 記者 オランダでも、前政権の与党のひとつは、「高齢者については、これといった病気がなくても『自分の人生はもう終わった』と感じている人の安楽死を認めるべきでは」という提案をしました。医師会などの反発が強く、現政権はそれを撤回したので、具体化はしませんでしたが。 橋田 元気だったら、自分のことができたら、楽しいことがあれば生きていればいいんですよ。本当に体が動かなくなった時に、生きていたくない人は安楽死させてあげればいい。そういうことです。単純なんです。 記者 そこで一切安楽死を認めなくなったら、逆に、「そこまでして生きていたくない」という人の気持ちが通らなくなってしまいますね。理想を言えば、安楽死を選びたい人は選べるし、そうじゃない人はとことん生きる。そういうことがきちんと選べればいいと思います。 橋田 手が動かなくても、脚が動かなくても、誰かのために生きていたいという人はたくさんいますから。 記者 自分のためだけに生きていたい人もいるでしょうし。 橋田 自分のために生きたいと思うかしら。そんな病気になって。 記者 それは分からないと思います。 橋田 だけど、誰かのため、というのも自分のためでしょうね。私だって客船に乗ってのんきに遊んでいますけど、お金を使い果たしちゃったら、最後はどうなるかな、と思って(笑)。もし、お金がなくなって体も動かなくなったら、きっと自分で食事をとらなくなって、独りで餓死しますね。それが一種の安楽死かもしれません。 記者 高齢になって体が本当に衰えてくると、食欲もさほどなくなってきて、食べなくてもあまりつらくなく死ねる、という話もあります。 橋田 そうですよ。私もひと頃と比べると食欲は全然ないです。だけど、トレーニングの先生は「絶対食べてください」という。じゃないと筋肉が落ちて、体がダメになってしまう。私も以前は、客船で出される食事を全部食べていましたけど、最近は「これはもう要らないから、抜いてください」というのがあるんです。おしまいが近いな、と思っているんですよ。ウフフ。 |
安楽死、うば捨て山と違うの? 橋田寿賀子さんに聞く
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