浜中章輔さんの養殖池。直径11メートルほどの池が八つ並び、約5千匹のチョウザメを育てている=宮崎県日南市、小出大貴撮影
「日本産キャビア」を世界に広めようと、宮崎のチョウザメの養殖業者らが輸出に取り組んでいる。国内初の動きは、スタートから約1年。まだ知名度を欠いて販売先も広がっていないが、「うまみの追求に妥協なし」と挑戦が続く。
宮崎県日南市の山あい。森の中の細道を下り、視界がぱっと開けると、直径11メートル、水深90センチほどの巨大な水槽が8基、並んでいる。のぞきこむと、1メートルほどの長さの黒い影が、ゆらゆらと泳いでいた。チョウザメだ。
キャビアはチョウザメの卵の塩漬け。約10年前から養殖を続ける浜中章輔(ふみほ)さん(74)は約5千匹を育てており、2017年度には県内でも最大規模の250キロのキャビアを生産した。7~10年育てて初めて卵をつけるようになる。浜中さんは言う。「海外の高級ホテルでも食べられている。誇らしいね」
採卵期を迎えたチョウザメは、宮崎市内の工業団地にある建物に運ばれる。県内の養殖業者が集まって16年にでき、キャビアの輸出を進める株式会社「ジャパンキャビア」の加工場だ。
採卵シーズンは11~2月で、県内15カ所の養殖池から連日、5~10匹のチョウザメが届く。体長は平均1メートルほど、体重は20~40キロ。
採卵作業は空気清浄された室内で進む。防護服姿の従業員が洗浄や採卵の作業を分担し、仕上げはピンセットで、キャビアの周りについた薄皮などをつまんでいく。雑味を取り除き、キャビアだけの味を引き出すためという。
さらに、採卵した後は低温の環境で数カ月かけて熟成させ、「スプーンを逆さにしても落ちない」ほどねっとりと濃厚に仕上げる。ジャパンキャビアの坂元基雄社長(56)は言う。「うまみを、どう皿の上で頂点に持っていくか。妥協はない」
キャビアはトリュフ、フォアグラとともに「世界三大珍味」とされる高級食材だ。ただチョウザメは乱獲で天然物が枯渇し、キャビアの輸出入は国際的にワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)で規制されている。日本では15年9月から国の認定業者に限って輸出できるようになった。
旧ソ連との技術協力の一環として、宮崎では1983年にチョウザメ養殖が始まった。2004年には国内で初めて完全養殖に成功し、13年に「宮崎キャビア1983」として販売を始めた。全日空(ANA)の国際線ファーストクラスの機内食で採用されるなど評価は高く、勢いに乗り昨年3月に輸出に乗り出した。国内は消費に限りがあるなか、早い段階から海外へ販路を広げるねらいがある。
最初の売り先になったのは香港の高級ホテル「フォーシーズンズホテル」。この1年で約3キロ、約150万円相当分を輸出し、「宮崎キャビアフェア」が開かれるなど歓迎されている。「日本にもこんなに上質なキャビアがあったのか」とシェフにも驚かれたというが、売り先はまだ、この1カ所にとどまる。
中国・上海のホテルとも交渉が進んでいるが、国ごとに輸出入に必要な認可制度が異なり、改めて栄養成分や加工工程などを文書で説明する必要があった。半年ほどかかっているが、まだ許可待ちの状態だ。
キャビアの生産量も少ない。17年度は約800キロで将来は年間3トンの生産を見込むが、生産大国の中国企業は年間50~60トン。湖を丸ごと養殖池として使うなど規模では到底及ばない。価格も20グラム1万円で、中国産の2~4倍ほど高い。
こうした不利を乗り越えて知名度を上げるため、国内の他産地と連携しての売り込み強化も視野に入る。「国産」を背負う仲間が増えれば、市場での知名度が高まるという期待からだ。
宮崎に続いて、静岡でも東南アジアへの輸出が始まり、香川、高知でも準備が進む。年間約300キロを生産する高松市の「キャビック」の板坂直樹社長(50)は「日本産キャビア自体の知名度が低く、どう輸出すればいいか悩む。産地同士で連携してのブランドづくりもいいかもしれない」と話す。
ジャパンキャビアの今年の目標は、消費大国である米国への輸出を実現することだ。今後は年間10キロを輸出できる大口の販売先を確保していき、地盤を固めたい考えだ。坂元社長は力を込める。「販路をひとつずつ増やしていくしかない。日本産キャビアで、ぜひ本場の欧米をうならせてみたい」(小出大貴)
昨年3月から宮崎産キャビアの輸出を始めた「ジャパンキャビア」の坂元基雄社長(56)に、取り組みについて聞いた。
――ジャパンキャビアはどんな会社ですか。
「キャビアを販売するために、宮崎県内の15カ所のチョウザメ養殖業者が出資して2016年につくった株式会社だ。私を含めて社員10人とパート6人。養殖業者からチョウザメを買い取り、採卵、瓶詰、販売をしている」
――ジャパンキャビアのキャビアの特徴は。
「塩と熟成方法に、社運をかけていると言ってもいい。保存のために塩分量を7%にする海外産もあるなかで、3%に抑えている。空気清浄した部屋で防護服を着ながら進める採卵作業と、最新の冷凍保存技術があってこそ実現した。採卵後は低温の環境下で数カ月寝かせ、よりねっとりとした味わいに仕上げる」
「これだけの長期熟成は海外ではあまり見られず、海外のシェフから『クレージー』とまで言われたこともある。世界各国のシェフに食べてもらったところ、味に問題があるとの指摘は受けたことがない」
――おすすめの食べ方はありますか。
「エビの刺し身なんかをしょうゆでなく、キャビアの塩味で食べてみるのはどうか。わさびとの相性もいい。家庭での食べ方をよく聞かれるが、白ごはんにキャビア、もありだ。個人的には辛口の日本酒にキャビアを合わせるのが1番」
――輸出先はまだ1カ所ですね。
「輸出に必要な現地の認可を取るのに時間と手間がかかっている。半年前から中国へ輸出をするための準備を進めているが、許可待ちの状態だ。社員も少ないので、他の営業先を探す余裕もない。先例がなく、現地で初めて分かることも多い。手探りでやっている」
――今後、販売を増やせそうですか。
「昨年度の生産量は前年の倍近い800キロ。今年度はこの800キロを持って国内外に営業をかけていく。国外では中国・上海の高級ホテルとの交渉がまとまりつつあり、米国からも声がかかっているので期待している」