教えて!憲法 国民投票:1
憲法改正で、最終的な決定権をもつのは私たち国民です。国会がまとめた改正案に賛成・反対の意思を国民投票でしめします。投票を通じ、民意をきちんと反映できるかどうか。いま、国会の内外で関心が高まりつつあるその手続きと課題を、全8回で紹介します。
特集:教えて!憲法
国民がつくり国民が変える
なぜ、憲法を改正するかどうかを国民投票できめるのか。そのことを考えるには、だれが憲法をつくったかをみるとわかりやすい。
日本国憲法のもとになった案は、戦後の日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)がまとめた。このため、「押しつけられた憲法だ」と批判する人もいる。それでも、帝国議会が国民の代表として審議し、修正したうえで憲法ができたことは疑いのない事実だ。
憲法には、どうしるされているか。前文をみてみよう。最初の文章はこのように始まり、終わっている。
「日本国民は……この憲法を確定する」
一方、大日本帝国憲法は「朕(ちん)」で始まり、天皇が主語になっている。天皇が国民にあたえた憲法というかたちをとったのだ。これと対照的な日本国憲法の書きだしは、国民がつくった憲法だという宣言にあたる。
つくったのが国民であれば、変えられるのも国民ということになる。
日本国憲法を制定した当時、憲法担当の国務大臣だった金森徳次郎氏は、憲法96条にしるす改正手続きについて、「ひとり憲法の安定性を確保する目的ばかりではなく、元来、憲法は国民の定むるところであり、国会みずからの定むるものではないという精神」(『憲法遺言(いげん)』から)によるものと説明していた。
憲法をつくったり変えたりすることは、国のあり方の選択にほかならない。それをきめる力をもつのが主権者。国民投票は「国民主権」を具体化する、象徴的な手続きなのだ。
ハードルを高く
前述の金森氏の言葉には、「憲法の安定性を確保する目的」ともある。どういう意味だろう。
96条の手続きでは、①衆議院と参議院でそれぞれ、3分の2以上の賛成をえる②国民投票で過半数の賛成をえる、という二つのハードルを越えなければならない。法律が両院の過半数の賛成で成立するのにくらべ、ずっとむずかしい。
なぜなら、憲法は簡単に変えるべきではないこと、変えてはならないことをさだめているからだ。
国会で多数の議席をえていても、数の力で少数派の人権をうばってはいけない。だれかに権力が集中し、好き勝手にふるまえる状況を生んではならない。そのために憲法で基本的人権を保障し、権力を分立させているのに、その規定が簡単に変えられるようでは歯止めにならなくなる。
このように、法律よりも改正しにくい憲法を硬い憲法、「硬性憲法」とよび、ほとんどの国の憲法がこれにあたる。国民投票は、憲法を硬くするためのハードルのひとつでもある。
改正手続き、各国の歴史を反映
改憲手続きは国のなりたちや歴史によってもことなり、国民主権を掲げる国がすべて国民投票をするわけではない。連邦国家の場合は国民投票の代わりに、くわわっている国や州の承認を必要とする例がめだつ。
ドイツは議会の議決だけできめる。ナチスが国民投票を乱用した苦い経験をもつからだ。首相だったヒトラーが大統領を兼ねたり、ドイツがオーストリアを併合したりしたあとなどに、賛否を問う国民投票をおこない、いずれも圧倒的な賛成票をあつめた。
そのころ、ナチスは独裁体制をつくりあげ、他の政党は解散、メディアも指導下においていた。ユダヤ系国民らの政治的な権利もうばった。つまり反対する者を黙らせて国民投票をおこない、自分たちに都合のよい「民意」を引きだしたのだ。主権者の判断をあおぐのではなく、支持されていると内外にみせつけるための悪用だった。
国民投票を語るとき、しばしばあげられるのがこのドイツの経験だ。国民投票をするのであれば、都合のよい「民意」にされないよう、念入りにルールや環境を整えなければならない。政治が真摯(しんし)に主権者に向きあう。判断材料となる情報が十分いきわたる。自由に意見を交わし、じっくり考える。それらの条件を欠いては、国民主権の名にふさわしいものにはならない。
日本では、国民投票法と国会法でルールをさだめている。次回以降は改正手続きに沿って、どんなルールになっているのか、課題をふくめて紹介する。(編集委員・松下秀雄)