「平和祈念ユニホーム」を着て試合に臨む長崎の選手たち=2017年8月
あの夏から73年――。原爆で多くの命が奪われた広島と長崎を本拠とするクラブが、Jリーグ史上初めて顔を合わせる。28日に長崎の本拠で、そして、原爆が落とされた8月(11日)には広島で対戦する。「ピースダービー」「ピースマッチ」。いずれはサポーターにそう呼ばれる、世界の平和を祈る試合にしたい、との関係者の願いがある。
長崎県出身で、現役時代は広島でプレーした長崎の高木琢也監督は感慨深げだ。「70年以上経って、人々の記憶も薄れていっている。平和の大切さを伝えるいい機会になる」
これまでほとんど交流がなかった両クラブだが、昨年11月に長崎がJ1初昇格を決めたことで、「8月の対戦」に向けて動き出した。それぞれのクラブが要望を伝え、Jリーグが競技や興行上の公平性を保ったうえで日程が固まった。
1945年8月6日に広島に、9日に長崎に原爆が落とされ、今なお苦しむ人たちがいる。地域密着を強く掲げる両クラブは、その事実に向き合って活動してきた。原爆の資料館に足を運び、被爆体験者の講話を聞く監督や選手も多い。今年2月、広島は「タイの英雄」と呼ばれる新入団のFWティーラシンを広島平和記念資料館に案内した。
3度のリーグ制覇を誇る広島は、優勝する度に、チーム全員で慰霊碑に献花してきた。2012年から17年途中まで指揮した森保一氏(東京五輪の日本代表監督)は、毎年8月になると、選手とのミーティングで、「多くの方の犠牲とご尽力があって、復興が進み、今の豊かな幸せな生活がある。好きなことができることに感謝しよう」と説いてきた。2年前には原爆忌(8月6日)に本拠で試合を初めて開催。試合前、アウェーチームの名古屋の選手とともにセンターサークルで円を作り、黙禱(もくとう)を捧げた。
長崎は、クラブ名に思いを込めている。「V(ヴィ)・ファーレン」は、オランダ語のVREDE(平和)を取り入れた造語だ。15年からは、核兵器廃絶を願う人たちの象徴となってきた「平和祈念像」が描かれた限定ユニホームを8月に着て戦う。高田明社長は当時、「長崎県民にとって、8月9日は特別な日。選手たちは、平和の尊さを胸に『長崎を最後の被爆地に』という思いを世界に向けて発信します」というメッセージを出した。今季のユニホームには平和の象徴「ハト」がデザインされている。
8月の試合を主催する広島の山本拓也社長は「試合ができる喜びを発信したい。そのためには、何ができるのかを考えていきたい」。この先も継続したイベントに発展させるため、両クラブは知恵を絞っている。広島は「平和祈念試合」と銘打つ予定で、併せて「One Ball.One World. スポーツができる平和に感謝」という標語を作った。
選手は思いを込めて、ピッチを駆け回る。岡山県出身の主将MF青山は「広島に住んでみて、サッカーができるのは当たり前ではないと感じるようになった。その思いを持ってプレーすることが大事だと思う」と全力を尽くすことを誓う。
Jリーグは今年5月に25周年を迎える。四半世紀という歴史を積み重ねてきたからこそ、意義ある対戦がまた新たに生まれた。(吉田純哉)