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「ポスト平成」言論の自由とは 阪神支局襲撃から31年

作者:佚名  来源:asahi.com   更新:2018-5-4 8:34:57  点击:  切换到繁體中文

 

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朝日新聞阪神支局を訪れて小尻知博記者の遺影に手を合わせる人たち=2018年5月3日午前9時12分、兵庫県西宮市、加藤諒撮影


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朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)で散弾銃を持った男に記者2人が殺傷された事件から、3日で31年となった。阪神支局では、亡くなった小尻知博記者(当時29)の遺影が飾られた拝礼所が設けられ、市民ら約640人が手を合わせた。また事件が起きた午後8時15分に、渡辺雅隆・朝日新聞社社長(59)ら関係者約100人が黙禱(もくとう)を捧げた。


【特集】阪神支局襲撃30年を越えて


【時系列で追う】記者襲撃、あの夜から


この日一般開放された支局3階の襲撃事件資料室を訪れた神戸市東灘区の会社員、久一(ひさいち)千春さん(49)は展示に見入っていた。原発反対派の集会に参加した時、「お前たち反日だろう」と罵声を浴びせられたことがある。「言論の自由を守るには自分の意見を言うだけでなく、相手の話を聞くことも大事。考えが違う人の話こそ、聞かないといけない」と話した。


広島県呉市川尻町にある小尻記者の墓では、3日午前に古川伝・大阪本社編集局長(59)らが手を合わせた。古川編集局長は報道陣に「事件を風化させてはいけない。言論の自由と知る権利を守ると誓った」。襲撃の際、阪神支局にいた高山顕治記者(56)は「31年経った今も悔しさは変わらない。これからも声を上げ続けたい」と語った。


考えの違う人の話こそ


朝日新聞阪神支局襲撃事件を機に始まった「言論の自由を考える5・3集会」(朝日新聞労働組合主催)が3日、兵庫県尼崎市であり、397人が参加した。平成最後となる、31回目のテーマは「異論も届けたい ポスト平成のメディア」。個人が自由に発信できるインターネットの出現で多様化したこの30年の言論空間を振り返り、メディアの将来像を探った。


討論の進行役はバズフィード・ジャパン創刊編集長の古田大輔さん(40)が務めた。パネリストで評論家の宇野常寛(つねひろ)さん(39)は「大事なのは新しい仕組みとして出てきたインターネットに対し、これまで培ってきたマスメディアの知識や技能をいかに輸出していくかだ」と指摘した。


お笑いジャーナリストのたかまつななさん(24)は、出演者が互いの主張を繰り返すだけだったテレビの討論番組の出演経験について発言。「議論にもなっていない」とメディアの姿勢に注文を付けた。


朝日新聞日田支局長の近藤康太郎記者(54)は、意見や主張が食い違う相手とも信頼関係を築くためには「『相手を変えたい』ではなく、まず自分が変わることだ」と話した。



〈朝日新聞阪神支局襲撃事件〉 1987年5月3日、阪神支局に目出し帽の男が押し入って散弾銃を撃ち、小尻知博記者(当時29)が死亡、当時記者だった犬飼兵衛さん=今年1月に死去=が重傷を負った。事件後「赤報隊」を名乗る犯行声明文が報道機関に届いた。これを含め赤報隊名の犯行声明文・脅迫状が届いたのは名古屋本社寮襲撃(87年9月)、静岡支局爆破未遂(88年3月)など計8件(関連・類似事件を含む)に及んだが、2003年にすべての公訴時効が成立した。




 

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