スラバヤの三つの教会で同時多発的に自爆テロを起こした6人家族。奥の左から長男(18)、ディタ・ウプリアント容疑者(47)、妻(43)。手前左から次男(16)、長女(12)、次女(9)(スラバヤ警察提供)
相次ぐテロに対策法の強化を決めたインドネシア。2億6千万人が暮らし、SNSが普及する中、ひそかに過激化するテロリストを抑え込むのは難しい。ジョコ大統領は、国のモットーである寛容精神を浸透させようとしているが――。(野上英文=スラバヤ、古谷祐伸)
インドネシア第2の都市スラバヤで5月13日、一家6人が三つのキリスト教会に分かれてほぼ同時に自爆、50人以上が死傷した。
インドネシアの教会、一家6人が自爆テロ 7人犠牲
事件2日後に一家の自宅を訪ねると、玄関先に自転車やサンダル、水タンクが置かれたままだった。
「絶対テロリストには見えない」
29軒の家が並ぶ区画で、歩道の中央には植樹。1軒の現在の価格は20億ルピア(約1500万円)ほど。上位中所得者層向けだ。
子供同士が自転車で遊んだり、食事を分け合ったりと、家族ぐるみで仲が良かった隣家の女性(40)は「テロを起こすような一家だと知っていたら、付き合っていない。今も信じられない」と声を震わせた。
この区画には門番の男性(47)がいた。1日5回、礼拝に向かう父のディタ・ウプリアント容疑者(47)とあいさつを交わしていた。「だいたいTシャツに綿パン姿。テロリストには絶対に見えない」
容疑者の妻は7月までの区画集会の会費を先払いし、事件の数カ月前から来なくなった。息子が事件直前にモスクで泣いている姿が目撃され、「自爆が怖かったのではないか」と国家警察の報道官は説明している。
ウプリアント容疑者の仕事はハーブ油の卸売りだった。食用や医療、美容用として人気で、表の顔は成功したビジネスマンだ。
テロ捜査の権限を拡大
実は「イスラム国」(IS)に忠誠を誓う同国の過激派組織「ジャマア・アンシャルット・ダウラ」(JAD)のスラバヤの指導者だった。警察は、そう認定している。受刑中のJAD最高指導者と面会もしていた。
この最高指導者の公判で検察は、JADが2015年11月に初めて開いた全国集会が「ハーブ薬の経営研修」名目だったと指摘した。これまで検挙されたテロリストの少なくとも7人が、ハーブビジネスに従事していた。テロの資金源とみられている。
事件後、対テロ法が改正された。わずかな証拠でも拘束、勾留できる期間を拡大。国軍の関与も広げる大幅な強化だ。ただ、約1億人にスマホが行き渡る。JAD最高指導者がシリア行きや自爆テロを呼びかけた指南書はネットで公開され、音声ファイルも広まっていた。
インドネシア、対テロ法改正 軍や警察の権限強化
5月に警官を襲撃しようとした疑いで拘束された女子学生2人はチャットアプリ「テレグラム」で知り合った。「シリアで戦闘員になりたい」などと過激な発言をしていた。
検挙の数を急増させる一方、刑務所は過剰収容だ。収容率600%の刑務所もある。管理が甘いまま、国家権力に不満を抱えた受刑者は増大。収監中に過激思想を先鋭化させる事例も少なくない。
寛容の精神で過激思想に対抗
「ともに叫ぼう、インドネシアは一つだ」
2月末、ジャカルタの高級ホテルの宴会場。国歌「インドネシア・ラヤ」を合唱していたのは、テロ事件に関与した元受刑者124人と、被害者や遺族51人。前代未聞のイベントを政府が開催した。
大画面では、元テロリストと被害者らが記念撮影したり、互いに触れあったりする様子の記録ビデオを上映。融和ムードが強調された。
「インドネシアはパンチャシラの国。寛容の精神がこの会合を通じて呼び覚まされることを願います」
スハルディ国家テロ対策庁長官があいさつした。
「パンチャシラ」とは、多様性の中の国家統一をうたう建国五原則だ。イスラム教徒が国民の9割弱を占めるが、約300の民族に推定700以上の言語、複数の宗教が混在する。一つの国にまとめるために培ってきた寛容さの推進で、過激思想を弱体化させようとの狙いだ。
ジョコ大統領はパンチャシラ思想を広めるため、メガワティ元大統領らを相談役とする特別チームを編成。学校でパンチャシラ教育を進める検討も始めた。
主要な遺族団体、参加を拒否
国立イスラム大学イスラム社会研究センターが昨秋実施した全国調査によると、「ジハードとは非イスラムに対する聖戦」「イスラムからの改宗者は殺害されるべきだ」「少数派に不寛容でも問題ない」と答える生徒・学生が、いずれも3割を超えた。イスラムの学校教材が他宗教への配慮を欠いているうえ、イスラムの情報を得る手段ではSNSが5割超と最も高いことが原因とみられる。同センターのジャムハリ所長は「若年層のパンチャシラへの理解が不十分のため、対策は有効」とジョコ政権を後押しする。
ただ民主化前のスハルト政権下では、パンチャシラを唯一の正統な思想とし、学校でも必修化して普及を徹底した。こうした経緯から、イデオロギー押しつけへの抵抗感も根強い。
和解イベントでは、主要な遺族団体は参加を拒否。参加した元テロリスト、フェブリ氏(37)も「昔の仲間に会えるので来た。本音を言えば、蒸し返されたくはない」と語った。
アジア経済研究所の川村晃一研究員は「分断が広がるなか、国を形作ったアイデンティティーを確認する意義はある。ただ、多様性とは一つの思想を押しつけないこと。パンチャシラを声高に持ち出せば、対立をあおって逆効果になりかねない」と指摘する。
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〈パンチャシラ(建国五原則)〉 初代スカルノ大統領が1945年の独立時、国是として憲法で定めた。特定の宗教を国教とせず、第一の原則に「唯一神の信仰」を掲げる。イスラムやカトリック、プロテスタント、ヒンドゥー、仏教など各宗教の人口比が地域によって違うため、国民それぞれが信じる神を敬い、異なる宗教も尊重し合うよう求めた。ほかに人道主義や民主主義なども掲げ、多様で寛容な社会を目指す。