ペットの誕生日を祝う。犬や猫などを飼っている人なら年に1度、そんな機会を持つこともあるでしょう。でももし、その日が「本当の誕生日」ではなかったとしたら――。実は、ペットの心身の健康にかかわる問題です。(太田匡彦)
「飼い主さんは血統書を見てその子の誕生日を祝っているのに、こんなひどい話はありません」
子犬、子猫などを販売する大手チェーンの幹部はそう話し始めた。この幹部が明かすのは、子犬や子猫の繁殖業者の一部が、その出生日を実際よりも早めに偽っているという事実だ。
2012年に改正された動物愛護法(施行は13年)では現在、生後49日を超えていない子犬、子猫の販売を禁じている(7週齢規制)。法改正前は、5週齢(生後35~41日)程度での出荷・販売が主流だった。
このため、以前のように生後49日以下で販売したい一部の繁殖業者が、ペットショップに出荷する際、出生日を数日から1週間程度早く偽っているというのだ。飼い主の手元にくる血統書には、この偽りの出生日が載ることになる。
別の大手チェーンの経営者も「(出荷の際に)ウソの出生日を書いてくる人(繁殖業者)はいる。実際に、生後49日を過ぎているにしてはどう見ても小さすぎる子が入ってくることがある」と証言する。このため同チェーンでは、繁殖業者のいう出生日をうのみにしない。犬種ごとに独自に最低体重を設定し、それをクリアしていなければ仕入れない、内規を作っているという。
ただ、同経営者は「うちが仕入れなければ、そういう子たちでも気にせず売るチェーンに流れていく。同じ犬種ならより幼く見える、小さな子のほうが高く売れるのが現実。法律を守ろうとするほうが不利になる、不公正な競争環境になっている」と嘆く。
出生日を偽ってまで早めに出荷する繁殖業者がなぜ存在するのか。理由は、二つある。一つは、消費者ができるだけ幼く見える、小さな子犬、子猫を好む市場環境だ。自身も生後49日以下の子犬を出荷していたことがあると明かす関東地方の繁殖業者は「オークション(競り市)では見た目が幼く、小さい子のほうがもてはやされる。(法律の規定より1週間程度早く出荷すると)最大5万円くらい落札価格がかわってくる」という。
もう一つが、飼育コストの問題だ。子犬や子猫は一般的に、ぎりぎり6週齢ごろまでなら、母親任せで育てられる。だが本格的に離乳するそれ以降になると、母親が授乳を嫌がるなどし、人間が離乳食を与えたり世話をしたりする必要が出てくるため、人手もエサ代も余分にかかるようになる。同時に、母親から受け継いだ免疫が減り始めることから、手元に置いておくには普通は、混合ワクチン接種が必要になる。「こういうコストをブリーダーさんたちは嫌がる」と前出の大手チェーン経営者はいう。
防ぐ手立ては?
子犬や子猫は、あまりに早く生まれた環境から引き離されると、かみ癖などの問題行動を起こしやすくなったり、免疫が不安定な時期に流通させられることで感染症にかかりやすかったりする。これらの問題を防止するために、欧米先進国では既に多くの国が8週齢規制を導入している。日本でも同様の規制を設けようと動愛法の改正が行われたが、ペット業界の強い反対にあって、現時点では7週齢規制に止まった経緯がある。
繁殖業者が出生日を偽ることへの懸念は、当初からあった。公益社団法人「日本動物福祉協会」調査員の町屋奈(ない)獣医師は「子犬、子猫の本当の出生日は業者しか知りえず、捏造(ねつぞう)できる。このような問題が起こるのは予測できたことだ」という。
防ぐ手立てはないのか。犬の血統書発行団体のひとつ一般社団法人「ジャパンケネルクラブ」は、業者との信頼関係に基づく自己申告で血統書の発行を行っているとしつつ、「雄犬の所有者に交配日を照会しており、出生日と矛盾がある場合には発行しない」という。ただ犬の妊娠期間は57~67日くらいと幅があり、決定打にはなりにくい。
法改正当時は、業者が出荷する段階で子犬、子猫へのマイクロチップ装着を義務化し、トレーサビリティーを確保することが抑止力になるのではないかと考えられた。しかし、「出生日を第三者が知りえない状況では意味がない」(町屋氏)。
そこで、議論されているのが獣医師による出生証明書の発行義務付けだ。12年の動愛法改正を主導した松野頼久・前衆院議員は「何らかの形で獣医師に出生証明させる仕組みが必要だ」と話す。生後49日前後の数日の違いは獣医師でも判断が難しいが、「生後1週間以内であれば、1日あたりの成長の度合いが大きく、数日の出生誤差を見抜くことは可能だ」と公益財団法人「動物臨床医学研究所」の高島一昭所長は話す。岡山理科大獣医学部が新設されて獣医師の数が増えるほか、動物看護師の公的資格化も検討されていることから、人員面でも問題ないと見られている。
今年は5年に1度の動愛法改正年にあたる。町屋氏は「出生証明という形で獣医師を繁殖の現場に巻き込めれば、繁殖回数の把握なども可能になり、業者のもとにいる犬猫の健康管理の面でも大きなメリットがある。今回の法改正では必要不可欠な要素だ」と話す。
■環境省調査にも…