■連載「この部屋で」住まう人の数だけ、暮らす部屋への思いがあります。様々な部屋と心の風景を描きます。
住人 女性・42歳
物件 築50年の賃貸マンションの2K
広さ 約37平方メートル
家賃 9万2千円
新宿・歌舞伎町の一角、昭和の香り漂う猥雑(わいざつ)な飲み屋街、ゴールデン街から徒歩15分。エレベーターもない、古い賃貸マンションの一室で、派遣社員の女性(42)は暮らす。畳敷きの部屋に置かれた段ボールには、人工毛皮のコートや黄色いズボンなどのカラフルな衣類が詰まっている。
家賃9万2千円を払えば、月給の半分が消える。それでも住み続ける理由がある。大物作詞家や、人気アーティストが一目置いた歌手。この部屋には、そんな「彼女」の記憶が染みついている。
◇
「彼女」と最初に会ったのは、26歳のときだった。
当時、資格を持つマッサージ師として働いていた。天職だと頑張ってきたが、時給900円の歩合制では、生きるだけで精いっぱい。若い女性目当ての男性客にも心がすり減り、他人に触るのが怖くなった。行き詰まった日々の合間、友人に誘われて、渋谷の老舗シャンソンバーを訪ねた。
店主に職業を明かすと、その場でマッサージを頼まれた。ラウンジでの施術は好評で、挨拶(あいさつ)代わりに常連客にも低料金で応じたが、不思議と苦痛は感じなかった。
ある晩、店の奥から強烈なオーラを放つ人が近づいてきた。「私もお願い」。差し出された手をもみほぐすと、「これぞ求めていたものだ」。彼女は歌謡曲にこだわる、年齢不詳の歌手だった。
店では毎晩、ライブが催された…