1995年の阪神・淡路大震災では、たくさんのビルが倒壊し、救助活動の妨げにもなった。教訓から、古い耐震基準で建てられた大型店舗などには耐震診断が義務づけられた。だが震災から24年を経た現在でも、補強などの対応ができていない建物が残っている。
特集:阪神大震災
東京・渋谷の道玄坂共同ビル。「SHIBUYA109」として若者の流行発信を担ってきた商業ビルだが、耐震基準への対応は遅れていた。
3~5階部分の耐震不足が判明していたが、ビルを共同保有する11の企業などの対応策をめぐる意見がまとまらなかった。ビルは1979年完成で、81年6月からの新耐震基準が導入される前に設計された。ビル会社の森田謙蔵専務は「(耐震補強工事を提案しても)当初は建て替えをすべきだとの意見もあって、まとめるのが大変だった」と話す。休業した時は工事費とは別に、テナント補償が多額になることも懸念材料だった。
話がまとまり、補強工事の準備を始めたのが今月14日。テナントを分ける柱の間に補強材を積んで壁にするなどの内容で、多くの店が休業せずに済むのが特徴だ。工事は3月下旬まで続く。
阪神大震災を機に、耐震改修促進法ができた。2013年の改正で、旧耐震基準で建てられ、不特定多数の人が利用する大きな建物の耐震診断が義務づけられた。
国土交通省の審議会に昨年4月に出された資料によると、診断結果の発表が遅れている一部の自治体をのぞく、診断対象約1万600棟のうち、約1700棟で、震度6強以上で倒壊や崩壊の恐れがあったという。国交省は25年度までの耐震不足の解消を目指している。
だが、民間の商業施設は、公共施設と比べて対応が遅れている。工事費をどう工面するか、営業休止期間をどうするかなどで、地権者らの意見がまとまりにくいためだ。
大阪市都島区のイオン京橋店も、店内の一部が耐震不足だが、対応方針がまだ決まっていない。JRや京阪電気鉄道の駅とほぼ一体の建物で、「駅などと一緒に再開発するか、自社だけでやるかという点でも、考え方が違う」(イオンの担当者)ためだという。
東京・新橋のJR新橋駅前にある「ニュー新橋ビル」は、周辺と一体で再開発される方向で動いているものの、地権者らの意見をまとめるのに時間がかかりそうだ。
大阪市阿倍野区の「アポロビル」は今月、1年以上前からの耐震補強工事が終わる。JRと大阪メトロの天王寺駅から近い、地上12階、地下4階建ての商業ビルで、映画館など55の商業店舗が入居する。
ビルを運営するきんえいの上田輝幸常務は「いまの工法にたどり着いて運がよかった」。工事期間中、店舗は通常通りに営業できた。きんえいが営むビルはここだけで、建て替えや補強工事でビルが使えなくなれば、収入が途絶える心配があった。
ただ、建物が密集する中での工事には困難もあった。周りには作業用地が無く、工事は原則、午前0~5時の深夜早朝に行った。資機材を運ぶため、ビルの屋上に2基のクレーンを設置するなど、新築並みの態勢になった。カラオケ店など、深夜営業の店舗には作業日程を伝え、要望があれば時間帯をずらすなど小まめに対応もした。そのため、心配した客離れは起きなかったという。
ビルを使いながらの耐震工事は、大手ゼネコンなど建設会社が次々に開発し、PRしてきた。だが、実際に採用する例は、思ったほど増えていない。
日本建設業連合会の広報担当者は「どうしても費用がかさみ、工期も長くなりがちだ。その兼ね合いで悩む商業施設も多い」。人手不足や、休日・深夜勤務を減らす働き方改革の影響もあり、今後も簡単には広がりそうもない現実がある。(伊沢友之)