最寄りのJR上越線後閑駅は上下線とも1時間に1、2本。冬にはひざまで積もる雪。多い時には1メートル近い雪に覆われる。利根商は、群馬県最北部の山間地域にある。前橋や高崎とは全く異なる環境だ。
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過疎と少子化で10年ほど前から定員割れが続き、ここ1、2年の生徒数は定員より15%程度少ない。同じ利根沼田地域の他の公立4校も定員割れで、統廃合も話題に上がる。
利根商野球部は夏の群馬大会で準優勝3度。「北毛の雄」と呼ばれてきたが、最後の準優勝は26年前。この10年は2度の8強入りが最高だ。私立高校の壁は厚く、「北毛勢初の甲子園」の目標は遠のいている。
一方、2013年夏に初出場で全国制覇を果たした時の前橋育英のエース高橋光成選手(埼玉西武ライオンズ)は沼田出身。同じ前橋育英で昨年の群馬大会を制し、甲子園でも完封勝利を挙げた恩田慧吾選手(日本体育大)は東吾妻出身。
「上を目指す子が求める学校やチームがなく、将来が楽しみな選手が地元を離れていってしまう」。利根商の福原佐知子校長(58)は県北部の現状をそう語る。学校の衰退が続けば地元離れが加速し、地域の活気は失われる。
そんな危機感から利根商は3年前、大胆な策を打った。商業系の学科に加えて普通科を設置し、施設の充実を盛り込んだ改革構想をまとめ、施設整備に4年間で計4億9千万円を投入した。
中でも野球とサッカーを中心とした運動部の強化が目玉だ。約80人収容の学生寮も新設した。「みなかみ留学」と銘打って、入試形態も多様化させて県内外から生徒を呼び込む。
矢継ぎ早に改革できるのは、利根商が県立ではなく全国に3校しかない組合立という背景もある。利根沼田地域の5市町村による学校組合が運営しており、福原校長は「一般的な県立高校とは財源も施設も全く違う」と語る。
野球部は、実績ある指導者の起用にも力を入れる。15年からの3年間は、近大付(大阪)元監督の豊田義夫氏(83)が指揮。今春からは桐生第一を率いて県勢初の全国制覇を成し遂げた福田治男氏(57)が監督を務める。
施設はもともと、私立校にひけをとらない。野球部専用の球場はもちろん、01年に完成した通称「利根商ドーム」と呼ばれる延べ約2800平方メートルの室内運動場もある。降雪でグラウンドを使えない冬場は野球部も利用し、ボールを使った練習もできる。
野球部の選手は約50人で、うち3割程度が寮生活をしながら日々の学習と練習に取り組む。草津町出身の和田滉鷹君(3年)は、充実した施設や個室もある寮に魅力を感じ入学した。「一人暮らしに不安もあったが、恵まれた環境。この夏は公立校の存在感を見せたい」と意気込む。
関西から入学する生徒もいるほか、中国や台湾からの留学生も積極的に受け入れる。野球部には今春、台湾出身の留学生、黄嵩皓君(1年)と周楷倫君(1年)の2人が加わった。来日して半年ながら、共同生活で鍛えられ、日常会話には苦労しない。学校も中国語のできる教員を配置してサポートする。まだ試合には出ていないが、2人は「甲子園に行きたい」と口をそろえる。
これから実績をつくり、チームの魅力を高めたいという福田監督。「公立校でも甲子園を目指せることを示したい。とてもやりがいを感じるチャレンジだ」(森岡航平)