鹿島神宮の森(茨城県鹿嶋市)に面した清真学園の野球場に午後4時前、制服姿の十数人が駆け込んできた。数分で着替え、1人はバッターボックスに。ほかの部員は守備につき、マシンを使った打撃練習が始まった。
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15球程度打った打者は、自分の守備位置に猛ダッシュ。すれ違うように、守備についていた選手が全力疾走で打席に入った。部員11人全員が打席に立ち、30分ほどで終了。全員でネットを片付け、キャッチボールを3分間。全員が守備について5秒間隔でノックし、約20分間で終えた。
その後、個人練習の時間が約1時間あり、午後6時半に練習が終わった。移動はすべて全力疾走。「練習時間が短いから走り込みの代わりなんです」と久保匡平主将(3年)は言う。練習の前後にストレッチやランニングはしない。
部員が帰った後。グラウンドではトンボを取り付けた車が走り、グラウンド整備を始めた。運転するのは辻岡敦監督(47)だ。
「練習時間はおそらく県内で一番短いでしょう」
進学校の同校は午後6時45分完全下校だ。月、金は2時間半、7時限まである水、木は1時間半しか練習できない。火曜は休養日。土日は練習試合がない限り、3時間以内に抑える。
1995年から同部を指導する監督自身も元高校球児だ。甲子園に出場したこともある栃木県の黒磯高で、猛練習は深夜に及んだ。帰宅が午後11時近くになり、警察に補導されそうになることもよくあった。
赴任当時、午後8時までノックをしていたら、翌朝校長に呼ばれ「うちはそういう学校じゃありません」と注意された。「こんなんで勝てるのかと思った。発想を180度変えなきゃいけなかった」と振り返る。
技術練習の時間を増やすため、準備運動の時間を削った。体育教諭の辻岡監督には苦渋の決断だったが、徐々に短くし、半年ほどかけてゼロに。20分間のキャッチボールも少しずつ縮め、今は3分。練習中にプレーを止めてしていたアドバイスも数年後にはやめ、全体練習が終わってからまとめてやるようにした。
別の中学で野球をし、高校から同部に入った鈴木尊仁君(2年)は「アップをやらないなんてあり得ないと思った」と振り返る。でも今は「教室から走ってきたり、ノックを待つ間に足首を回したり。意識すればけがは防げる」。昨秋の新チーム発足以来、けが人は1人も出ていない。
「もっと練習したい、物足りないと思うこともある。でもそれを言い訳にしたくない」と話すのは、エースの生井沢慎之助君(3年)。打撃の順番を待つ時間に投球練習をしたり、帰宅後の勉強の休憩時間に筋トレをしたりを繰り返し、球速が10キロ近く伸びた。短い練習では投げ込みに制約があるが「試合の大事な場面で狙ったところに投げられる集中力がついた。練習の短さはハンデじゃない」と言い切る。
辻岡監督は「野球はあらゆる準備が必要なスポーツ。時間があればこれも教えられるのに……と申し訳なく思うこともある」と心情を吐露する。一方で、同部の練習スタイルが試合に生きた場面もあった。
2011年の茨城大会。五回までに8点差をつけられたが、選手らは前向きだった。五回に4点、六回に2点を返し、八回にも集中打で一挙4得点。10―9で勝った。「短い時間で複数の練習をしているから、負けていても切り替えが早いんでしょう」と話す。
久保主将も「時間を効率的に使うため、常に次の動きを考えることが、ここぞという場面での集中力に生きている。練習量では勝てなくとも、質の高さは他校に負けない」と胸を張る。(佐々木凌)