野太い声と高い声。6月中旬、放課後の岡山学芸館(岡山県)のグラウンドには、二つの野球チームのかけ声が響き合っていた。
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4年ぶりの夏の甲子園をめざす硬式野球部と、この春できたばかりの女子硬式野球部。汗だくになりながら、懸命にバットを振る藤本莉央さん(1年)は、女子野球部員13人をまとめるキャプテンだ。
兄の大稀(たいき)君(3年)は硬式野球部。内野も外野も守れる器用な選手だ。軽快な動き、正確な送球に莉央さんはずっと憧れている。近くでプレーする兄のことがいつも気になってしまう。
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小学1年で兄がいた少年野球チームに入った。同級生に「負けた」とは思わなかったが、兄は別格。「妹の方がうまい」とからかうチームメートもいたが、「やっぱりうまいなあ」と思うことばかりだった。
中学でも兄と同じ野球部に。人一倍、声を出し、一塁の守備では打球を怖がらないことを自分に課した。3年では、男子がほとんどの中で主将となり、チームを引っ張った。
高校進学で泣きたいほど迷った。女子野球部がある県外の学校へ進むか、選手をあきらめ県内で野球部のマネジャーをするか。母のめぐみさん(42)には「自分で決めなさい」と涙ながらに諭された。どうしていいか分からなくなった。
娘を見かねためぐみさんが頼ったのが、大稀君を指導していた岡山学芸館の前監督の山崎慶一さん(62)だ。山崎さんはこれまで、本当はプレーがしたいのに、マネジャーになった女子生徒を何人も見てきた。学校側に女子野球部の創部を提案し、グラウンドが確保できる見通しとなったことなどから創部が決定。藤本さんが入学した今年4月、新たな女子野球部の監督に就任した。
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再び同じグラウンドに立つようになった兄と妹。照れくさくて会話は少ないけれど、帰宅後、庭に直行して素振りに打ち込む兄を見ていると、莉央さんは「よし、自分も」と奮い立つ。一方の大稀君も「妹はいつも刺激をくれる。妹のためにも戦いたい」。
女子野球部は26日から、兵庫県丹波市である全国高校女子硬式野球選手権大会に出場。32チームの頂点を目指す。莉央さんは言う。「目標は兄と同じ。きょうだい一緒に戦います」。「GAKUGEI」の文字が胸に躍る兄とほぼ同じユニホームで、グラウンドに飛び出す。