【ニュルンベルク篠原成行】「活躍して世界に自分を認めさせる」。普段は冷静な高原直泰選手(27)=ハンブルガーSV=が、12日の対オーストラリア戦の後、珍しく感情をあらわにした。この試合、決定的なチャンスで味方にパスを送り、川淵三郎・日本サッカー協会会長から「どうしてシュートを打たない」と批判されたことへの反省もあった。
誰もがFWの中核として期待した02年の日韓大会は、エコノミークラス症候群で代表落ち。決意を新たにして、3年前に渡ったドイツで「ミスター・ゼロ」と呼ばれる屈辱を味わった。得点できない自分に浴びせられた批難と中傷。その悔しさを胸に、W杯の初舞台に決意を持って臨んだはずだった。
幼いころから順風なサッカー人生を歩んできた。強い身体とサッカーへのひたむきな姿勢、練習環境にも恵まれた。中学で全国大会を連覇、高校ではユース代表のFWに抜てきされた。卒業後に入団したジュビロ磐田でも1年目からレギュラーの座をつかんだ。
ドイツ・ブンデスリーガに新天地を求めたのは、日韓大会後の03年だ。。しかし、決定的な場面でゴールを外すミスが重なり、やがてベンチが指定席に。大会直前には、フランクフルトへの移籍も発表された。
「高原は他人に優しい。しかし、その優しさがプロとしては致命傷になる」。中学時代の恩師、桜井和好教諭(56)は、高原選手の決定力不足の原因を性格にみる。
だから、桜井教諭は磐田入団が決まった際、高原選手の下宿を訪れ「プレー中は鬼になれ」と諭した。昨年12月の結婚式でも同じことを伝えた。それは、10年近くたった今もストライカーとして優しすぎる性格に変化がないように見えたからでもある。
大会直前の5月30日にあったドイツとの親善試合。2得点を挙げた際は「本番も自分のサッカーをするだけ」と淡々と答えた。しかし、オーストラリア戦でゴールネットを揺らすことはできなかった。
合宿地・ボンに戻ってから、「常にゴールを意識する」「勝つこと以外、考えていない」と強気な発言を繰り返してきた。屈辱の地での負けられない戦い。「鬼」となってゴールを狙う。
毎日新聞 2006年6月18日 20時08分 (最終更新時間 6月18日 20時17分)