1年前のカリフ制国家樹立という過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)の宣言は、大言壮語としか思えなかった。しかし現在、IS打倒の本格的な戦略もものともせず、ISは暴力の渦の中で存在を続けている。ISを包囲し、最終的に手に負える範囲の脅威に封じ込めることは可能だが、それにはまず欧米諸国と中東主要国が、この衝突の政治学を考え直す必要がある。キャメロン英首相が今週、英国放送協会(BBC)に言ったように、この衝突が本当に「私たち世代の戦い」であるのなら、それに見合う戦略が求められる。
戦車でパレードするISの兵士ら(シリア北部ラッカ)=Raqqa Media Center・AP
まず1つの側面において、ISは戦術面での柔軟性ももつ洗練された軍隊だ。その中枢にはフセイン大統領時代のイラク軍士官がいる。2003年のイラク戦争後の米国によるイラク軍武装解除がISに有能な兵士を与える結果となった。
もう1つの側面においては、敵対するスンニ派勢力の要人暗殺、大規模な自爆攻撃、残虐な処刑のインターネット動画配信、弱者(キリスト教徒、イスラム教アラウィ派やシーア派、ヤジディ教徒、英国人観光客やフランスの風刺画家)に対する攻撃など、ISはテロリズムの定義をまさしく体現している。つまり、特定の対象を攻撃することにより、人々の間に無差別的な恐怖とパニックをどんどん広げる。ISがそれに成功していないなどと誰がいえようか。
イラクとシリアにまたがる地域を支配するISに対し、国際社会の対応は個々の動きの総和未満にとどまっている。以下、電報ふうに要約してみよう。米国は欧州諸国やスンニ派の中東諸国と連合しISを空爆、イラク軍に依然として戦う意思がないことを知る。米国、シリアで穏健派の反政府勢力に軍事訓練を実施。米国、信頼できる地上部隊はクルド人(トルコにとって脅威)と、スンニ派にとっての脅威であるイラクのシーア派武装勢力だけであることを知る。イランはシリアのアサド政権に対し、守れる位置まで防衛線を下げるよう指示。サウジアラビアはロシアにシリアから手を引かせようと、何度も裏金で買収を図る。ヨルダンはシリア南部に緩衝地帯を設けたい。トルコはシリア北部にも緩衝地帯を求める。さて、おわかりいただけただろうか。
■スンニ派とシーア派の対立の連鎖を断つ
それでも実は、ここには共通の糸がある。それらの糸を、ほどけてしまわないうちに束ねる必要がある。例えば、トルコ軍がシリア領内に越境した場合、最初にするのは、ISに対し最も効果的な戦士であるクルド人の自治確立の動きを阻むことだろう。トルコ政府は、これ(自治確立の動き)は絶対に認めないと警告している。
成功のカギとなるのは、ISがつけ込んでいる宗派対立、特にスンニ派とシーア派の対立の連鎖を断ち切ることだ。シリアとイラクでは両派の分断が既成事実化しつつある。しかし、それゆえにISはスンニ派の支配地域外へ進出できないという側面もある。クルド人やシーア派の支配地域に進出する試みは押し返されている。しかし、シーア派はISの排除をスンニ派の仕事と見なしている。したがって効果的な戦略には、不満を抱えたスンニ派を過激なISの影響下から引き離して味方につける必要がある。では、どうすればそれができるか。