和服姿でくつろぐ井上靖(1907~91)=68年撮影
■文豪の朗読
《井上靖が読む「天平の甍」 本郷和人が聴く》
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奈良時代。仏教界には僧侶が守るべき戒律が伝わっていなかった。不純な理由での出家も相次ぎ、僧尼の堕落が甚だしかった。僧界を律するために、唐から師を招き、受戒の制度を整えねばならぬ。その大任を託されたのが普照(ふしょう)と栄叡(ようえい)であった。
二人は留学僧として唐土に渡り、高僧・鑑真(がんじん)と出会う。鑑真は戒を自ら伝えることを快諾するが、日本への渡航は困難を極めた。10年間に5度も失敗して、その間に鑑真は失明する、だが普照はついに天平勝宝5年(754)、鑑真とその弟子たちを遣唐使の船に乗せ、日本に連れ帰る。著者・井上靖は淡海三船の『唐大和上東征伝』をもとに、この壮大な話を小説化した。
しかし朗読が、なぜこの場面だったのか? 普照らと鑑真の邂逅(かいこう)、栄叡の死、鑑真の失明、日本への到着。劇的な瞬間はいくらもある。にもかかわらず、ごく日常的、平凡とすらいって良いこの場面を、井上は選んだのか。そして、平明にというと聞こえは良いが、しごく淡々と読んだのか。私は考え込んだ。