ユー・エス・ジェイの森岡毅執行役員=大阪市此花区のUSJ、瀬戸口翼撮影
■就活する君へ
特集:就活ニュース
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の運営会社ユー・エス・ジェイの森岡毅執行役員(43)は、企業の戦略を考える「マーケター」として、映画「ハリー・ポッター」がテーマのエリアなどを手がけ入園者数をV字回復させた仕掛け人です。就活生に「会社と結婚するな。職能(スキル)を磨ける場所へ行け」と熱いエールを送ってくれました。
■「自分が強くなれる場所」を選べ
――最近、学生の就職活動にも役立つマーケティングの入門書を出版されました。学生に限らず、日本全体に「大企業に入って安定したい」という志向がまだ強いですが、どう思われますか。
「元から強い会社に入ってそこで安定するという発想が、僕にはありません。安定を求めて有名企業に入るのは、親がものすごく有名で優秀で、『その息子です』というのを支えに生きているようなもんです。本当の家族だと息子は親を選べないのはかわいそうですが、『親の七光り』を振りかざして生きるのは『みっともねー』と思うわけです」
「僕は『どの会社に勤めているんですか?』ではなくて、『あなたは何ができるんですか?』という問いに、耐えられる人間になりたかった。自分が強くなれる場所、自分が経験を積める場所というのは、必ずしも世間の尺度で見た優良企業じゃないんですよ」
――どういうことですか?
「大企業に入って小さい領域しか見られないよりも、なんでも経験させてもらって力をつけられる職場の方が、僕にとっては選択肢。20~30歳代はスキルを身につけた方が勝つんです。それさえあれば、どの会社でも働けるんです。生活が安定するんです。会社なんかどうなるか分からない時代に、スキルがなければ生活は安定しませんよ」
「会社と結婚せず、職能と結婚してください。営業スキルを身につける、ファイナンシングを極める、エンジニアリングを鍛える……。それを自分で決めればいい。学生ならインターンシップで実際の業務に近いことを真剣にやってみる。おもしろいと思ったら、その職能にロックオンです」
「それをせずに、親が名前を知ってるからという理由で会社を選び、そこで向いてないと思う仕事をするっていうのが、不幸の始まりですよ」
■密度の濃い時間を求めて
――森岡さんが就職した1996年前後は、バブル崩壊後の「就職氷河期」と呼ばれました。そのとき、大手総合商社の内定を断って、日本では当時、それほど名の知られていなかった外資系の家庭用品会社プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に入りました。理由はなんだったのですか?
「正直なところ、周囲からはネガティブな反応が多かったし、親は総合商社に入って欲しかったようです。僕もすごく悩みました。しかも、エース部門の水産部でマグロのディーリングをやらせてくれると言ってくれたし、面接してくれた方にも人間的にひかれました。ノーと言うのはつらくてつらくて、たまらんかったです」
――でも、商社には行かなかった。なぜだったんでしょう。
「時間ですね。30歳になったときに、どんな業務をやっているか。今はだいぶ変わってしまいましたが、当時のP&Gは、シャンプーや洗剤のブランドの商品開発から営業戦略まで、すべてに責任を持つ『社長』をやるわけですよ。4~5年で経営者になる。その密度の濃さはすごいなと思った。大手総合商社はもっと時間をかけて人を育てていく。それも正解だったでしょう。でも、僕はP&Gに入った方が、自分の成長が加速するだろうと思った」
■「成長マゾ」の向かう先
――2010年に、今度は業績が低迷していたUSJに転職しました。どうしてですか?
「僕は『成長マゾ』です。どんどん成長するために学び続ける必要があるけれど、P&Gにいればいるほど学べることが少なくなってきた。マーケティングを学ぶ場としては素晴らしかったけど、大きな会社ゆえに学べないこともたくさんある。システムと人材が整っているので、組織に守られてしか仕事ができないんです」
「たとえて言えば、ルールの整ったボクシングを覚えるのには素晴らしかったけど、ルールのない荒野で殴り合って勝てるかどうか……。自分が本当に強くなるためには、守られている世界から一度、外に出てみないとまずいなと感じた」
――生活用品とエンターテインメントとでは業界が全然違いますが、自信はあったんですか?
「業界特有の知識はすぐ身につくでしょう。消費者がモノを買う本質は同じです。政府の規制がなくて、消費者が自由に選べる状況なら、水でも空気でも何でも売れますよ。自動車だろうが、新聞やテレビ局だろうが、ビジネスはすべて同じ数式で説明がつくんです。僕は、数学とマーケティングをドッキングさせた数式の証明でノーベル賞を狙っていますから。半分は冗談ですけど、半分は本気です(笑)」
――何が会社選びの決め手だったのでしょうか。
「自分の能力を発揮できるだけのプラットフォームがあるかどうか。策は立てたけど実現できなかったら意味はないので、権限と意思決定のスペースを与えてくれる会社かどうかを見極めました。USJに誘ってくれたのは、前社長のグレン・ガンベルです。自分の右腕になるマーケティングのプロを探していました。彼と話すうちに、僕に全幅の信頼を寄せてくれているのが分かりました」
「それに、グレン自身の魅力というか、ゴッドファーザーの世界に出てくるような人なんです。すごみというか、オーラが出ていて、『ルールなしの荒野で闘ったらつえーんだろうな』という人ですよ。マーケティングはまったく知らないんだけど、ビジネスに何が重要なのかはすごくわかっていた。P&Gに、このタイプはいなかった」
■失敗したら「たこ焼き屋」に挑戦する
――失敗して会社がつぶれたり、仕事を失ったりするのはこわくないですか?
「私の人生は、安定した会社に勤めて、安定した収入を得て、安定して終わりました……。自分の物語の最後にそう書いてあったら、がっかりしますね。僕はそんなメンタリティーの持ち主です。世の中の人がなぜ安定志向なのか、よくわからない」
「正直言って、リスクなんてないじゃないですか。USJの『ハリー・ポッター』のアトラクションには、年間売り上げの半分以上にあたる450億円かける決断をしました。これがもし失敗したって、誰も僕を殺しに来ないでしょう。そりゃあ、僕とグレンはクビになって、バッテンがつくでしょう。そうなったら、たこ焼き屋を経営して大繁盛させて、半径5キロ以内のライバルを全部つぶしますよ(笑)ほかに、いくらでも仕事はできるし、思いつきますし」
「人間は本来自由なんです。本当に自分が身につけたいもの、その一点に絞って誠実に頑張れば何者かにはなれます。食べていけますって。お金とか待遇は後からついてきます。1社目で失敗しても、2社目を選べばいいんですよ」(篠健一郎)
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もりおか・つよし 1972年生まれ。神戸大学経営学部卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社。2010年にユー・エス・ジェイに転職。12年からチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)。近著に「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門」(角川書店)、「確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力」(角川書店)。