中国人実習生らが忙しく働いていた=西日本の孫請け工場
昨日の学校に続いて、きょうは制服を作り、売る人たちの声です。各地の制服の価格に大きな差があることを報じた記事に、「実態を知ってほしい」という便りがいくつか届きました。その声をたどって現場を訪ねました。制服メーカーの意見を紹介するとともに、価格の決まり方について、研究者の見方も聞きました。
【アンケート】中学校の制服、どうする?
西日本にある制服縫製業者の60代の男性からのメールは、制服メーカーや製造者側の意見も知って欲しいと訴えていました。
取引先からの発注を受ける孫請け業者で、全国各地の中学校などの制服を、年に約2万着作っているそうです。セーラー服の場合は、上着が約3千円、スカート約千円が基本の加工賃だと言います。受け渡しのピークは毎年3月。前年の実績などを元に、約7割は事前に納品しておきます。
従業員は、半分近くが中国からの技能実習生です。10年ほど前は20代の中国人も雇用できていましたが、現地の経済成長が進むにつれて面接に来る人が減り、いまではほとんどが40歳前後です。ミシンを使う作業は実習生に頼っている状態で、男性は「彼女らがいなくなれば経営は行き詰まる。ギリギリの状態」と言います。
新卒の日本人の若者を採用する余裕はなく、日本人従業員の月収は手取りで十数万。少子高齢化の影響で同業他社の廃業が続いています。「何度も会社をたたもうと考えた。息子は別の仕事をしている。継がそうとは思えなかった」と話します。
3年間、毎日のように着られる質の良い生地を使い、入学直前まで売れないのでその分のコストもかかる。そう考えると、制服の販売価格についてはおおむね妥当だと男性は言います。縫製作業も糸のほつれなどがないよう時間をかけ、丈の調整など細かい注文に即座に対応するため、輸送などに時間のかかる海外の工場での作業は難しいそうです。
男性は「制服メーカーが経費を回収できるのは何カ月も先の春。リスクが非常に高い商売」と話します。(石原孝)
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西日本の孫請け業者の作ったセーラー服が、東北地方のある公立中学校で使われています。地元の店での価格(税込み)は上着が約1万7千円、スカート約1万2千円でした。
業者の加工賃との価格差は一見大きいように見えます。孫請け業者は「我々がもらう加工賃には、生地代などの必要経費が含まれない。裏地をつけ、付属品を付ければ加工賃は上がる。最終的な制服価格として妥当な範囲ではないか」と話しています。
■販売業、利益率低く赤字も
17校の中学、高校の制服を扱っている福岡県春日市の制服販売業、藤井俊雄さん(55)は、「業者側の言い値で販売価格が決まるのではない。学校側が数社から見積もりをとって価格を決めるため、利益率は20~30%程度。他業種と比べて利幅を取れない」と言います。事実上の家族経営で、今年6月期決算ベースの売上高は関連会社を含めて1億2千万円。経常収支は数百万円の赤字だったそうです。
「学生服販売は1月から5月に集中し、ほかの時期は極端に仕事がなくなる」と話します。転入生や買い替え需要のために一定量は在庫として確保しておく必要があり、私立校が急に制服のデザインを変えた時には数百万円の損失が出たとのこと。
学校ごとに素材や色が微妙に異なる、多品種少量生産が進み、原料価格や製造コストが上昇している一方で、20~30年前と価格は大きく変動していないと藤井さんは主張します。「一般衣料が海外生産にシフトしてデフレが進んだのに比べて、メイド・イン・ジャパンの学生服が高く感じられるようになったのでは」と言います。
販売現場の実感としては、学校が複数の価格帯の標準服を設けている場合、特に女子は高い物から売れていくそうです。「実際に試着してみれば良しあしがわかる。以前、ネットショップ並みの安いものも売ったことがあったが、生地の劣化が早く、クレームが来て大変だった」と話しています。(菅野雄介)
■高品質の制服を望む傾向も
制服の価格はどう決まるのか。大手メーカーの「菅公学生服」(本社・岡山市)に聞きました。
同社は材料の仕入れ、自社工場での生産から小売店などへの卸しまで手がけます。縫製などを下請けに出すことは少ないそうです。
できる限りいい物を安く作る努力はしているものの、売値については、まったく権限を持っていないと言います。妥当と考える価格を示したり、学校コンペに合わせて参考額を示したりすることはあります。でも、それで小売店の販売価格を縛ってはいないというのが見解です。
制服の納入は春先に集中します。限られた時間内に作らなくてはなりません。そこで安価に仕上げられる海外ではなく、国内で縫製します。一般衣料品より機能性や耐久性を求められ、素材、色、縫製を同じにする必要があるため、国産でないと品質を保つのが難しいといいます。
売り切れごめんで欠品になってもいい。今年と来年で色が多少変わってもいい。そんな考え方ができれば価格の下がる余地はありますが、いまのところ、そのような強いニーズはないと言います。
安い制服を何度も買い替える仕様にして欲しいという要望があれば、それは作れます。ただ調査してみると、多くの人はむしろ高品質を望んでいたそうです。
そこで、丈夫で長持ちし、袖を延ばすなど、成長に対応できる工夫をしているといいます。今後も、価格も品質も学校や保護者の要望以上の学生服を作りたいとのことでした。(後藤泰良)
■多種類・高い耐久性…手間とコスト
制服価格について、「競争原理が働いていない」といった意見がアンケートに届いています。日本と英国の制服の流通過程に詳しい小宮一高・香川大教授(商学)に、制服の価格形成の背景を聞きました。
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日本の学生服の品質は、高い水準を求められます。学校ごとに違うデザインが多いので、多種類を少量ずつ作る体制と、そのための設備投資が必要です。また、ほぼ毎日着るので高い耐久性も必要です。
入学が決まってからの短期間で、様々なサイズの学生服を届けるため、国内生産が前提ですし、柔軟な物流体制も必要です。その分多くの手間がかかり、コストが増え、一定以上の価格となると考えられます。
もちろん、すべての消費者がこの水準を求めているわけではないと思います。しかし値下げは、満たされている水準のどこかを犠牲にして実現するしかなく、その結果クレームが起きやすくなります。こうしたリスクを考えると、メーカーや学校側は値下げする方向に動きづらいでしょう。また、大手小売業者から買う方が消費者には便利、と必ずしも言えず、購入者の数に限りがあるため、大手小売業者による価格競争も起こりにくいでしょう。
一方、学生服が安価な英国では、学校ごとに独自の服を作る動きは日本ほど強くなく、一定のデザインに沿っていればよいという緩やかさが特徴です。また、販売者を学校ごとに限定していない場合も多い。こうした状況から、大量生産が可能となり、多くの業者が参入しています。
業界を主導しているのは大手小売業者で、業者が扱う学生服以外の衣料品と同じく、多くが国外で生産されます。学生服に日本並みの耐久性は求められず、在学中に複数回買い直すことになります。
以上のように、日本と英国では、学校や消費者の学生服に対する考え方からビジネスの仕組みまで、全く異なっています。確かに英国の方が安価ですが、日本の方が幅広いニーズに細かく対応しています。どちらがよいか判断するのは、学校や消費者でしょう。仮に日本で低価格化の要望が高まっているとすれば、そのニーズを吸い上げたビジネスが、今後生まれるのではないでしょうか。(錦光山雅子)
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