米国のトランプ大統領が就任して1カ月余り。「トランプ旋風」のルーツともいえるニューヨークのトランプタワーは今、どうなっているのだろう。安倍晋三首相も訪れたノッポビルに2月下旬、足を運んだ。
【withnews】厳戒の警備、金色のエントランス 写真で見る「トランプタワー」
「トランプタワーあたりの渋滞が時々ひどいよ。デモと警備でさ」
JFK空港からイエローキャブに乗り、運転手のジェフさん(65)に街の様子を尋ねると、うんざりといった表情でこう語った。あるじがホワイトハウスに移っても、タワー周辺は混乱しているのか。
金曜日の午後、ニューヨーク中心部を歩く。セントラルパークの南東角から5番街を少し下がる。広場のベンチに、かぶり物をした「そっくりさん」がいた。手元のカップにチップを入れると、指をさしてポーズ。タワーはすぐそこだ。
ガラス張りの68階建てがそびえ立つ。「反トランプ」のデモはしていなかったが、観光客でにぎやかで、警備は物々しい。入り口にライフルを持ったニューヨーク市警の警官が4人。上半身は防弾チョッキに短銃や警棒やらで、ふくれあがっていた。
昨年11月、安倍首相は大統領選に勝利したばかりのトランプ氏に会いに、このタワーの上層階に昇った。長女イバンカ氏ら「トランプ・ファミリー」も同席。1時間半に及んだ会談の後、首相は「トランプ氏は信頼できる指導者だと確信した」と語り、トランプ氏は自身のフェイスブックに「素晴らしい友人関係を始められた」と投稿した。
セレブな住民やオフィスを構えるビジネスパーソンと違い、観光客は華々しい上層階にはたどり着けないが、レストランや土産物店がある低層階には入れる。正面から回転ドアを押し、手荷物検査を受けて進むと、金色の壁に囲まれた吹き抜けが広がった。高さ約18メートルという東の壁の表面を、水が流れ落ちている。
エスカレーターに乗り、観光客が行ける5階まで行ってみる。1階分昇り切るたび、正面の金色の壁によれっとしたスーツ姿の自分が等身大で映り、ちょっとめいる。5階は通路のみで、突き当たりに「Public Garden」という扉があった。
さらに進むと、屋上の休憩所に出た。テーブルと椅子がいくつか。周りの高層ビルに囲まれて薄暗く、部外者の立ち入りはここまでと思い知る。観光客はのぞく程度で立ち去って閑散。私もそそくさと下りのエスカレーターに乗った。
安倍首相とトランプ氏の「タワー会談」から約3カ月後、ワシントンで日米首脳会談が実現した。タワーで育んだ信頼関係も功を奏し、両首脳は会談後、トランプ氏の別荘のあるフロリダに舞台を移して「ゴルフ外交」にいそしんだ。
そんなことを思い起こしながら、タワーの1階に戻る。「MAKE AMERICA GREAT AGAIN!」グッズや自伝が並ぶショーウィンドー、イバンカ氏の名を冠した宝石店――。手頃なお土産を求めて地下1階へ行くと、カフェから奥へ延びる通路の脇に売店があった。
狭く、薄暗い。しゃれが利いたものをと「トランプのトランプ」を選んだ。10ドルぐらいと思いきやレジの男性は「22ドル」。箱を見ると、大統領選の激戦州オハイオのメーカーで、献金とは関係ないとある。開けると政界のキーパーソンを中心にあしらう普通のトランプ。エースはトランプ氏、ジョーカーは大統領選を争った「彼女」だった。
滞在約30分のトランプタワー探検。カネを持たない人には落ち着けない「黄金の城」、堅く言えば「格差の象徴」に思えた。でも、ホテルへ歩きながら、ふとタクシー運転手のジェフさんを思い出した。
「オバマはいろいろ言ったけど、何もしなかった。トランプはやろうとしている」。それを信じさせるのが、ビジネスでの成功だ。白人のジェフさんは「年金の少なさや移民への寛容さ」への不満から、「米国第一」を掲げるトランプ氏に投票したという。
トランプ氏は今年1月の就任後、選挙中の「公約」を果たそうと大統領令を連発。貿易不均衡をただすとして通商政策を見直し、移民政策を転換するとして一部の国からの入国者に待ったをかける。ホテルでつけたテレビも彼をめぐるニュースでにぎやかだった。
ワシントンに居を移しても暴れ続けるトランプ氏。支持者にすれば、ニューヨークのタワーは彼の「有言実行の証し」なのだろう。期待の象徴であり続けられるかどうかは、大統領としてのこれからの手腕にかかっている。(藤田直央)
◇
政治部専門記者・藤田直央 1972年生まれ。政治部専門記者として外交・安全保障・憲法を担当。トランプ政権への対応など日々の動きも取材している。