元警察庁長官の国松孝次さん
政府が「テロ対策」の呼び声のもと成立を目指す「共謀罪」法案によって、テロ犯罪を防ぐことができるのか。全国の警察トップとしてオウム事件などの捜査を指揮したほか、自身も狙撃事件というテロの対象になった国松孝次・元警察庁長官(79)に聞いた。
特集:「共謀罪」
――政府が「テロ等準備罪」と説明している、共謀罪の趣旨を盛り込んだ組織的犯罪処罰法の改正は必要か。
共謀罪でもテロ等準備罪でも、どちらの呼び方でもいいよ。21世紀の警察は組織犯罪との闘い。組織犯罪に限っては、手遅れになる前に共謀段階で捕らえなければいけない。私は共謀罪は必要な法律だと思う。
――政府は「テロ等準備罪と共謀罪は別。共謀だけでなく『準備行為』がないと処罰しない」と説明する。
私は、国際組織犯罪防止条約はマフィア対策だとずっと聞いていたから、「テロ対策」と急に言われて「へえ」と思った。「準備行為が必要」というのも、「へえ」だね。
共謀するという行為を罰するわけだから、やっぱり共謀罪だ。共謀した段階で捜査が介入することが大切。他国と歩調を合わせて共謀段階を取り締まるというのが筋だと思う。
ただ、テロ集団も組織犯罪には変わりないわけだし、五輪前でテロについて関心が高まる中で、政府のやり方が「けしからん」というほどでもない。
――赤軍派やオウム事件の捜査を指揮し、テロと相対してきた。
警視庁本富士署の署長だった1969(昭和44)年、庁舎が赤軍派に襲撃される事件があった。襲撃前に別の場所で幹部らが謀議をしていたのはつかんでいたから、当時共謀罪があれば「御用」にできた。
一方で、オウム事件や自分が狙撃された事件は、共謀罪があってもお手上げですな。「警察は情報を持っていなかったではないか」と言われればその通り。分からなかった。
――だとすると、共謀罪ができても情報収集体制が整っていないとテロを防げないのでは。
情報収集が大事なのはおっしゃる通り。同時並行でやるべきですな。法律をつくっても手段がなければどうしようもない。警察に手段を与えないで「取り締まれ」と言っても、できないでしょう。通信傍受や司法取引など、証拠集めのための色々な捜査手段の整備、充実をやるべきだ。
――「一般市民」には関係ない法律になるか。
捜査当局による乱用を懸念する声があるが、どんな法律でも解釈の仕方によっては常に乱用の恐れがある。この法律ができることと乱用の恐れは関係がない。社会と警察の間にきちんとした緊張関係があり、監視の目がしっかり作用していれば乱用は起こらないはずだ。それが民主主義社会のおきてではないか。
「組織犯罪だけでなく個人犯罪にまで広げるのはおかしい」という意見は分かる。どうしてもおかしい犯罪は、国会審議で外せばいい。民主主義の警察が、内心の自由を侵害するような適用をするわけがないと思う。「組織的犯罪集団」という条件があれば、その中に正当な労働組合などは入らないだろう。
――共謀罪が出来たら、捜査当局にとって使い勝手はいいのか。
作り方によりますな。「乱用の恐れがある」と色々条件を付けていちいち適用範囲を絞れば、「全然動かない法律は要らない」となる。ある程度フリーハンドで、捜査に委ねてもらわないといかん。共謀段階で組織犯罪について手がつけられる「武器」を与えてほしい。そうすれば、組織犯罪と相対できるようになるはずだ。(聞き手・後藤遼太)
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〈くにまつ・たかじ〉 1937年生まれ。警察庁長官だった95年、自宅マンション前で何者かに狙撃され重傷を負う。99~2002年、駐スイス大使。一般財団法人「未来を創る財団」会長。銃撃事件の際の主治医のすすめでドクターヘリ普及の活動も続けている。
■取材後記
「共謀罪の先に『盗聴』や『密告奨励』など捜査手法の拡大がある」と反対派は懸念する。警察元トップが、法案に実効性を持たせるために必要とあげたのはまさに「通信傍受」と「司法取引」だった。
捜査当局の乱用を防ぐため社会の監視が重要と国松氏は言う。だが、特定秘密保護法が成立するなど情報への壁は高まる一方だ。政府が「テロ等準備罪と共謀罪は別」と強調する中、終始「共謀罪」と言い切ったのも印象的だ。捜査手法の拡大といい、政府の建前と捜査現場の本音はかけ離れているということなのか。