ノックの送球を受ける森元亜柚さん=神戸市灘区城の下通1丁目
「ファースト! ファースト!」。神戸市灘区の神戸高校グラウンドの声に、高い声が混じる。一塁で、3年生の森元亜柚(あゆ)さんが小さな体をいっぱいに伸ばしてノックのボールを呼び込んでいた。
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身長158センチ。部唯一の女子選手だが、鍋野義人監督は「守備は男子顔負け」と話す。送球やバッティングフォームの美しさはチーム一だ。
野球を始めたのは小学校3年生の時。元球児の父親が少年野球チームのコーチになったのがきっかけだ。ルールも知らなかったがチームプレーが楽しく、中学は女子軟式野球のクラブチームで主将を務めた。
高校入学後も同じチームでプレーする予定だったが、「野球をやるからには硬式に挑戦してみたい」と入部を決めた。
男女差のない練習についていくのは、想像より大変だった。筋力や瞬発力で劣るため、打球が前に飛ばず、守備範囲も及ばない。体力が足りない分は気力でカバーした。
そんな彼女の姿がチームの刺激になった。伊藤圭脩(けいすけ)主将は「あいつが絶対あきらめないから、きつい練習も乗り切れた」。
今ではチームに欠かせない「愛されキャラ」だ。修学旅行の余興で、部員がタンクトップを着てお笑い芸人のネタを披露する時には、肌色の肌着を着て参加し、笑いをとった。一方で、「女子目線から、こういうのどう?」と男子部員から恋の相談を持ちかけられることもある。
しかし、公式戦ではいつもさみしい思いをしてきた。女子が選手としてベンチに入ることはできないため、いつもスタンドから応援してきた。「つらいことも楽しいことも、ともにしてきた仲間の、そばにいられないのがさみしい」
仲間たちはそんな思いをくみ取ってくれた。今春、伊藤主将は持ちかけた。「春の大会はマネジャーの枠で記録員としてベンチ入りしたらええ」
神戸高校ではこれまで、マネジャーが記録員を務めてきた。同学年には2人の女子マネジャーがいる。「うん」。あいまいな答えを返し、家に帰って一晩考えた。
翌日、伊藤主将に伝えた。「やっぱり大会はスタンドから声出すわ」。選手として入部し、ともに歩んできた。最後が近いからといって、特別扱いされるのは違うと思った。自分の選んだ道を歩くと決めた。
6月中旬の練習でも、森元さんはノックを受けていた。「大会前、レギュラー以外は練習サポートに回る野球部も多い。一緒に練習させてくれて、ありがたいです」
このままずっと、みんなで――。大会が近づくにつれ、仲間との日々を惜しむ気持ちがつのる。「どんな気持ちで大会を迎えるかわからないけど、チームを全力で支えたい」と笑顔を見せた。
■部活になると根性すごい マネジャー・北村佳穂さん
アユは不器用でドジなところもある。でも、部活になると根性がすごい。男子と一緒にノックに入るし、坂ダッシュもベンチプレスも同じだけやる。オフの日は、私たちと映画に行ったり買い物をしたり、普通の女子高生なのに。
春の大会で記録員としてベンチ入りする話を断った時は「(マネジャーの)2人ががんばっているから」と声をかけてくれた。自分を一番に考えてもいいのに、仲間を立てるのがアユらしさかもしれません。
この夏は一緒にチームを応援し、盛り上げたいです。
■周りに愛される才能 監督・鍋野義人さん
3年間野球部でがんばった根性はすごいが、それ以上に周りに愛される才能がある。
6月の練習試合で彼女を打席に立たせた時も、夏前だから嫌な顔をするチームメートもいるかと思ったら、すごい応援だった。彼女がヒットを打つと、誰が打つより喜ばれる。
本当によくがんばった。これからも野球を続けると聞いているが、将来は教える立場にもなってほしい。