アミーナ・モハメッド氏=長島一浩撮影
国際社会がSDGs(エスディージーズ)(持続可能な開発目標)に合意して2年。私たちは「新しいものさし」をどのように生かしていけばいいのか。10月2日の朝日地球会議(2日目)で、設計段階からSDGsにかかわる国連副事務総長のアミーナ・モハメッドさんに、キャスターの国谷裕子さんが聞いた。
特集:「SDGs 国谷裕子さんと考える」
特集:朝日地球会議2017
国谷 SDGsの実現に向けて進もうとしているのに、世界では悪循環が起きています。飢餓人口が増加に転じ、8億1500万人もいると国連が発表したばかりです。気候変動と紛争が主な要因とされています。
モハメッド かつてないレベルの教育と技術、資源を手にしている世界で、8億人以上が飢えや栄養不足の状態であってよいはずがありません。
SDGsは問題を根っこから解決するもので、応急措置的な従来の援助とは異なります。けれども、慣れた方法でやっている人が多く、新しい枠組みにまだ移行できていません。
国谷 野心的な世界共通の目標をどうやって実現するのか。国や企業、私たち自身も考えなくてはいけません。
モハメッド 私たちは「地球村」の住人であり、つながっています。「誰も置き去りにしない」ために、自分たちの社会で誰が取り残されようとしているのか、明確にすることから始めて下さい。
教育の不平等は先進国にもあり、とりわけ女性と若者では深刻です。第4次産業革命といわれる技術革新が進むなか、人々のスキルが追いついていけるかという課題もあります。
国谷 技術革新によって持てる者と持たざる者との差が広がり、将来に期待を持てない人が増えかねません。だからこそ、社会的な対話がかぎになると思います。
モハメッド SDGsはいわばガイドです。貧困をなくし仕事を増やすことに反対する人はいません。問題はどうやってアプローチするかで、社会のなかで対話を重ねる必要があります、今回の集まりもその一つだと思います。
何が間違っていて、どうすれば改善できるのか。人々の優先課題は何か。多様な人たちの参加を確保しながら、厳しく問いかけるのです。例えば、気候変動に影響を与える生産と消費について。必要なものなら持つべきですが、欲しいものには際限がなく、しばしば紛争の引き金にもなります。話し合って下さい。
それから、若者たちが2030年までに何を見たいのか、そのために私たちは何をする必要があるか、対話が必要です。そうした議論がないと、人々は失望して、通常なら思い描かない指導者が政権の座につく恐れもあります。
国谷 イノベーションを起こしながらの実施には、年に2兆5千億~5兆ドルが必要だと言われています。資金をどうやって引き出していきますか。
モハメッド 使われていない何兆ドルもの資金があります。金融手法の導入など、政府や企業、多国間システムが協力してあたってほしい。すでに合意されている資金の枠組みもあるのですが、実施に向けた意志とリーダーシップが弱いままです。
国谷 大量生産、大量消費、大量廃棄の状況も変えなくてはいけません。SDGsは、痛みを伴うと指摘していますね。
モハメッド ええ、困難な道のりだからです。持続性を高めるために持っているものを手放せと言われたら、誰でも惜しくなるものです。それでも、私たちは繁栄を分かち合うすべを見つけなくては。栄養がぜいたくであってはならないからです。
地球村を見渡し、これまで以上のことをする。結局は、それがみなのためになります。繁栄を分け合うことで、平和を手にできるからです。この効果を無視すれば、とても高くつきます。
生まれながらのテロリストはいません。排除にあった人が過激になるのです。人々がトンネルの先の光のような希望を持つことができるように、なんとか努力する。それがSDGsだと思います。
国谷 自分たちの行動が地球に与える影響を理解し、不都合なことから目をそむけない。「はいつくばって」と表現していますが、そうすれば目標の達成を……。
モハメッド できます。
国谷 達成できるのだと。何が決め手になりますか。
モハメッド 正直に誠実にひっぱる人たちの存在です。私が日本に来たのは、みなさんが良い例を示して世界を変えられると思っているからです。
「害を与えない」ということを、常に考えるべきだと思います。自分の生活が誰かに害を及ぼしていないか、と。どこかの二酸化炭素の排出が、別の場所のハリケーンになっているのですから。
良いニュースはSDGsという解決策を手にしていること、悪いニュースは取り組みがまだ足りないことです。(構成・北郷美由紀)
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モハメッドさんの希望で、東京都内の8校の女子生徒約300人も対談を聞いた。対談後には、高校生と大学院生の4人が英語でモハメッドさんに質問した。
桜蔭高校2年の小田切文(あや)さんは「どうすれば途上国は経済的に自立できるか」と尋ねた。モハメッドさんは、海外からの直接投資の必要性を説いたうえで、「ガバナンスが弱く、プロジェクトを推進する能力も不足している国が多い」と指摘。教育制度を発達させ、人材育成の仕組みを作ることが重要と訴えた。
豊島岡女子学園高校3年の小柳菜生子(なおこ)さんは、SDGsを達成するために必要なリーダーの資質について質問した。「まずは誠実さと、自分の信念に従って行動すること。それをやり通すには大変な勇気が必要です」とモハメッドさん。そして「誰も置き去りにしないこと」と付け加えた。「困っている人の横を通り過ぎることができない、という思いが行動の源泉であるべきです」
モハメッドさんからは「あなたがリーダーになったら、何を変えたい?」。小柳さんが「日本を誰もが幸せに暮らせる国にしたい」と答えると、「そういう目標があれば、必ず人のために何かをする場にいるでしょう」と語りかけた。
国際基督教大院生の秋山肇さんは、「日本で女性の国会議員を増やすためにできること」を聞いた。モハメッドさんは「18歳以上の若い方々は投票所へ出かけ、女性候補に票を投じて」と呼びかけ、「男性とともに女性も意思決定に関われば、男性のみの場合より間違いなく良い結果を生むでしょう」と話した。
マレーシア出身の慶応大院生、アリザン・マハディさんは国連改革について尋ねた。責任者の一人であるモハメッドさんは「国レベルで恩恵をもたらし、SDGsを後押しするものにしたい」と述べた。(藤田さつき、仲村和代)
■対談を聞いて
〈聖心女子学院中2年 松井莉恵子さん〉 「誰も置き去りにしない」という言葉が印象的だった。SDGsを水先案内人に、多様性にどう向き合うか、学校生活でも考えたい。
〈吉祥女子高2年 松下来未さん〉 先進国の私たちの不自由ない生活は、誰かの負担の上に成り立っている。「この場に来ていない人たちにこそ聞いてほしい」という言葉に、情報発信を通じて少しでも貢献したいと思った。
〈普連土学園高1年・土田有華さん〉 「自分にできないことではなく、できることを考えながら会場を後にして」という言葉に、私たち一人一人の人生を変えることができると感じた。
〈桜蔭中3年 長田桜子さん〉 未来の子どもたちへの投資が必要だという話が心に残った。将来の夢は小児科医。「未来を担う人」の命をつなぐ重要な仕事なんだと実感した。
〈田園調布雙葉高1年 松原未来さん〉 女性が最前線に立つべきだ、という言葉が印象に残った。女性だからといってあきらめず、自分で現状を変えられるよう努めたい。
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〈SDGs〉 2015年に国連で全会一致で採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」。 貧困の根絶や格差是正、働きがい、環境保護など17分野の目標を30年までに達成することを目指す。具体的な行動の目安となる169のターゲットがある。
途上国支援のため00年~15年に取り組んだ「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals)」も引き継いだ。日本は、性による差別や機会の不平等をなくす「ジェンダー平等」、食品廃棄の半減が入る「責任ある生産と消費」などで達成が困難とされている。