調理場の大型モニターを見る宮崎知子さん。客の食べられない食材などの情報が表示されていた=神奈川県秦野市、小玉重隆撮影
週3日、休館。それでも、売り上げは倍、社員の平均年収も4割増――。
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そんな夢物語を実現した旅館がある。神奈川県秦野市の鶴巻温泉にある「陣屋」。来年で創業100年を迎える老舗だ。
話は2009年にさかのぼる。先代が急逝し、長男で大手自動車会社の技術者だった宮崎富夫さん(40)が跡を継いだ。妻の知子さん(40)は旅館で働いた経験がないまま、出産2カ月後に女将(おかみ)になった。
借金は10億円。どんぶり勘定の経営が続いた結果だった。料理に使う食材の在庫管理があいまいで、むだが多い。経営分析しようにも、紙の台帳しかない。
富夫さんの経験を生かし、目をつけたのがITだ。予約から経理まで一元管理できるソフトを開発し、全従業員にタブレット端末を配った。
風呂にセンサーを付けて入浴客が一定数を超えると通知が来るようにし、掃除が必要か何度も確認に行かずに済むようにした。客の好みなどの情報も端末で共有する。従業員が積極的に動くようになった。
ITでむだを省きつつ、料理など旅館の売りを充実させ、宿泊費も徐々に上げた。システムを他の旅館に提供する事業も始めた。
業績が上向く一方、浮上したのが働き方の問題だ。休みなしで働き、知子さんの体は限界だった。「顧客満足度が上がっても、働く人の生活の質が上がらないと意味がない」。14年、思い切って火、水曜日の宿泊をやめて休館に。「旅館が休むなんて」と苦情もあったが、16年から月曜日もランチのみで宿泊をやめた。
それでも料理などの評判で、グループ全体の売り上げは10年の2億9千万円から、いまは7億2600万円に。パートを減らして人件費を下げつつ、改革前に20人だった正社員は25人に増やした。正社員の平均年収は288万円から398万円に。離職率は33%から4%に下がった。
「サービス業は、働く人の『人に喜んでほしい』という思いに頼りすぎていた」と、知子さんは思う。忙しいのに収入は多くなく、結婚を機に辞めた男性もいた。「子育てや介護といったライフステージに対応できるような取り組みを、業界に広げたい」と知子さん。「旅館業を憧れの職業にする」のが目標だ。(仲村和代)
■働き方 変わる …