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松井裕樹、忘れられない森友哉の打球 同世代と語り合う

作者:佚名  来源:asahi.com   更新:2018-1-18 14:11:07  点击:  切换到繁體中文

 

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仲良く肩を組む(左から)楽天の松井裕樹、ソフトバンクの上林誠知、巨人の田口麗斗選手=大阪市住之江区のミズノ本社、筋野健太撮影


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今夏、第100回大会を迎える高校野球。その歴史の折々を彩った“世代”がある。同時期を戦った元高校球児が語り合う「同世代トーク」。第1回は東京五輪開催が決まった2013年。1995年度生まれ、高卒5年目を迎える楽天・松井裕樹、ソフトバンク・上林誠知、巨人・田口麗斗の3人だ。


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同世代トーク 1995年度生まれ


上林 俺たちって、何世代?


田口 そりゃ「松井世代」でしょ。


松井 「森(友哉、大阪桐蔭高―西武)」でいいじゃん。


上林 「松井・森世代」で。


〈3人は2013年に台湾で開かれたU18(18歳以下)ワールドカップ(W杯)の日本代表メンバー〉


田口 松井は、甲子園で1試合22奪三振の記録を作ったし、間違いなく世代を代表するナンバー1投手だったと思う。


上林 2年の夏の前に桐光学園との練習試合で初めて対戦したんだ。甲子園デビューの前だから、すごさを知らなかったけど、見事に3三振。スライダーの変化もすごくて。初めて「こいつは打てない」と思った相手だった。


松井 その練習試合で、仙台育英の4番が2年生というのは知っていて、ユーチューブ(動画サイト)とかで調べていたんだよね。「同学年に打たれたくない」って、必死で抑えにいったよ。


田口 俺は高校日本代表で上林と初めて会ったけど、おとなしめな感じだったね。3年春の選抜でワンバウンドの球をヒットにするのを見て、すごいなと思っていた。実際にプレーを見ても能力は高いし、(プロでも)いずれ活躍するだろうなと思った。


上林 田口は、野球以外では相当うるさかったよな(笑い)。でも、野球では、平均球速は速くないけど、プロでもあれだけ抑えている。球にキレがあって制球もよかった。


松井 150キロの直球はなくても、緩急の使い方や球の出し入れ(制球)といった総合力が高くて、投球センスがよかったよな。高校日本代表では、声で引っ張っていた感じだったね。


田口 高校日本代表では森が主将だったけど、別格だったね。打撃もハイレベルだし、捕手としても、高校生よりもはるかにレベルの高いリードだと思った。


松井 打球の音が違うんだよね。2年の国体で大阪桐蔭にぼこぼこに打たれたけど、森には見たことのない打球を打たれた。あの時点では、森友哉、お手上げでした。


上林 それ、動画で見たよ。「普通に松井のこと、打ってるやん」って。代表でも木製バットへの対応が一番できていたし、同じ左打者として、タイプは違うけど学ぶところがたくさんあった。あと、態度はでかかったよな。


松井 でも、頼りになった。


上林 確かに、野球に対してすごい真面目だった。高校時代の一番の思い出って何かな? 俺は最後の夏の宮城大会決勝、柴田戦かな。いきなり初回に5点を先制されて。春の大会で勝ったけど、相手エースから2点しかとれなかった。「これ、やばいな」って。終盤になんとか追いついてサヨナラで勝った。


松井 2年生のときの神奈川大会準々決勝で横浜に勝った試合かな。1年の夏、秋と横浜に負けていた。横浜は選抜で8強。絶対に勝ちたかった。その試合に照準を合わせて体調も整えて、1点差で勝てた。その試合への思いが一番強かった。甲子園は、言い方は悪いけど、おまけみたいな感じだった。三振の記録も、おまけだと思っていたからできたと思う。


上林 22個って、5個のアウト以外、全部三振ってことでしょ? やばいね。


松井 今、考えるとやばいよね。


田口 自分だけが甲子園未経験。甲子園は簡単に届く場所じゃない。苦労して苦労して、苦労してもつかめないのが、当たり前というか。広島新庄の後輩が甲子園に行くのを見て、悔しさがこみ上げてくる。でも、高校野球はもちろん楽しかったし、すべてがいい思い出だったよ。高校日本代表では、大舞台を経験している選手と一緒に野球ができたのは大きかった。スーパースターに囲まれて野球をできたのは幸せなことだった。


松井 あれが初めての代表チームで、シートノックを見ているだけでワクワクするというか。ボール回しにしても、自分のチームとレベルが違う。そんなバックの中で投げられるのが楽しかった。


上林 いい思い出はまったくないかな。甲子園でも打てなくて、代表でもダメで、試合にもあまり出られかった。でも、その悔しい思いがあったので、プロに入って同世代には負けたくないと思ってやってきた。あの経験はよかったと今では思っているけど、当時は苦しかった。


〈そのW杯決勝で米国に敗れた日、2020年に東京で五輪が開催されることが決まった。3人の五輪への思いは強い〉


松井 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)とか、プロでの代表は、ずっと最年少だった。これからは、上林や田口、森といった同世代と日本を背負ってやっていきたい。東京五輪って、熱いよね、実際。


上林 25歳だもんね。ちょうどいい。俺は高校日本代表と、昨秋の24歳以下日本代表に選ばれて、ステップアップとしては、いい流れで来ている。五輪でも選ばれるように、もっといい選手になりたい。


田口 実績のある選手が年齢を重ねていくなかで、若い世代が力をつけて、日本球界を盛り上げていかないと。いまの子どもたちにとっては、サンプルになるし。とにかく高い意識、高い目標を持っていきたいね。(構成・小俣勇貴)



まつい・ゆうき 神奈川・桐光学園出身。高2の第94回大会1回戦、今治西(愛媛)戦で大会新の1試合22奪三振。高3夏は神奈川大会準々決勝で横浜に敗退。ドラフト1位で楽天に入団。プロ2年目から抑えを務め、2017年の第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表に最年少で選ばれた。左投げ左打ち。



うえばやし・せいじ 宮城・仙台育英出身。4番だった高2夏から3季連続で甲子園出場。高2秋は明治神宮大会で優勝した。ドラフト4位でソフトバンクへ入団。座右の銘は「運命を愛し、希望に生きる」。昨秋の24歳以下日本代表に選出。右投げ左打ち。



たぐち・かずと 広島新庄出身。高3の広島大会決勝で瀬戸内の山岡泰輔(オリックス)と延長十五回引き分け再試合を投げ合って惜敗。ドラフト3位で巨人へ入団。昨秋の24歳以下日本代表に選出。左投げ左打ち。




 

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